野球の記録で話したい

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田口壮の冒険は終わった。|日本人MLBプレイヤーの2009-22

田口のMLBでのキャリアは2009年で終わったようだ。Orixとの契約が間もなく結ばれる。丸8シーズンの挑戦は、NPBの標準的な野手がMLBでどれだけ通用するかの実験でもあった。

 SO-TAGUCHI

イチローと同期。イチローよりも4歳年上(つまり高卒と大卒の差)だった田口は、内野手として入団したが、強肩を活かして外野に転向、以後はイチロー、本西とともに鉄壁の外野陣を組む。しかし、その成績は、打撃面だけを見ると物足りない。俊足を活かした守備面での貢献を入れて一流選手だったと言えるだろう。

2002年、FAとなってMLBに。STLに移籍したが、イチローとは異なりマイナーから這い上がる形だった。当時、何度もマイナー行きを命じられた田口の報道に接した記憶がある。

田口の野球人生のクライマックスは35歳の2004年からの4シーズンだろう。至宝プホルスをはじめ、スラッガーが居並ぶSTLでレギュラーに近い位置を獲得していくのだ。

田口の持ち味は勝負強さにあった。得点圏打率はリーグ屈指と言ってよく、この一般的なSTATSに表れない強みがトニー・ラルーサの信頼を獲得したのだろう。センターでの守備範囲の広さも持ち味の一つだった。

SO-TAGUCHI-SCORE

田口はMLBでのAVG、SLG、OBPが少しずつではあるがNPB時代より上である。イチローや松井も含め、こんな打者は田口しかいない。田口はアメリカでの孤独な戦いの中でパワーアップを図ったのだろう。

2009年はAAAが主な活躍の舞台となった。田口の良さはラルーサ以外の指導者には理解されなかった。AAAでもMLBと大差ないSTATSを残す。ベテランではよく見られることだが、自己主張するのではなくチーム内での持ち場を自覚し、その仕事をきちんと果たそうとするからだと思う。

引退ではなく、Orixでさらにキャリアを積むというのは喜ばしい。レギュラー定着を目指してがんばってほしい。

 

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MLB観客動員に見る盛衰の記録-2|野球史

観客動員数の記録、続いて1969年、


1969MLB 


第一次のエクスパンションが完成した69年。24球団がそろったばかりであり、多くの球場はガラガラだった。この時期、日本の巨人は主催65試合すべてで5万人動員を誇っていたから、NYYの3倍近い観客が訪れていたことになる。NFL、NBAなどの台頭に伴い、ナショナルパスタイムとしての地位が揺らいでいた時期だ。NLが1500万人、ALが1200万人。NYYはこの時期、長期低落傾向にあった。


1979年。第二次エクスパンションによって球団数は26となった。


1979MLB 


前年に日本向けにMLB放送が始まったこともあり、関心が高まった時期だ。スタインブレナー、ビリー・マーチンと言う名物オーナー、監督でNYYが人気を挽回した時期。チームは決して強くはなかったが、レジー・ジャクソンをはじめとするスターが結集していた。しかし、観客動員ではLADがトップを走っている。


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ついてなかったペドロ・マルチネス|2009ベテランの勤務評定-05

ペドロ・マルチネスがラモン・マルチネスの弟だとはしばらく知らなかった。LADの先発投手として野茂などとローテーションを組んだラモンは193cm78kgという針金のような体。打たれる、歩かせる出入りの多い投球ながら、要所を締める投手だった。


弟のペドロは、180cm88kg、野手のような体つき。期待感はそれほど高くなかったが、90年のRkですでに頭角を現し、翌々年にはMLBに上がる。翌93年はタフなセットアッパーとして10勝を挙げる。94年にはLADからMTLに移籍し、先発に転向する。


P-M


この投手が超一流になったのは、MTL最終年の97年から。この年の防御率は驚異的な1.90。サイヤング賞を受賞。以後BOSに移ってからは、リーグを代表する投手になった。99年は23勝4敗、奪三振率は13.2、31試合でQSは24。WHIPは0.92.。翌00年は6月後半から7月にかけてローテーションを外れたが、29試合でQSは26試合、WHIPは何と0.74を記録した。先発投手としては空前絶後だろう。全盛期の最後といえる2003年、松井秀喜を子供扱いした投球が強く印象に残っている。内角を鋭く突く気迫の投球。死球は歴代24位の141個。コントロールと、球のキレと、強烈なカーブ、そして勝負師としての駆け引き。まさに小さな大投手だった。


ペドロ・マルチネスは、このほど引退したランディ・ジョンソンやロジャー・クレメンス、マダックス、スモルツらとともに、世紀末から21世紀へかけての大投手の一人であるのは間違いがない。しかし勝ち星はこれらの300勝投手に大きく劣る219勝。


これは、ペドロがよく欠場したからだ。「契約最終年でなければ頑張らない」と揶揄されたが、実際のところはこの小さな体で選手生活を長らえるために、無理をしなかったからではないだろうか。


2006年に右腕を手術してからは不本意な投球が続く。2009年は何とかMLBに復帰すべくWBCドミニカ代表でアピールした。ドミニカはオランダに連敗し、まさかのグループリーグ敗退をしたが、その中でペドロ一人が悠々と投げていた。「こんなやつらに何を手こずっているんだ」と言わんばかりに。


そして、PHIに入ってからはマイナーで投げたのちに8月12日にMLBに上がると、ローテの一角として8試合に先発した。往年の剛球はすでになく「顔」で投げている、という感じだったが、味のある投球だった。


WBCでそうだったように、ペドロはワールドシリーズで快投を演じて、次の勤め先を見つけようと思っていたのだろうが、よりによって、あれほどカモにしていた松井秀喜に完膚なきまでたたきつぶされた。「今年はついていない」と思ったことだろう。


39歳になるペドロだが、2010年もどこかで必ず投げていると思う。


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マリアノ・リベラの復活|2009ベテランの勤務評定-04

2007年でNYYの守護神、マリアノ・リベラは終わると思った人は多いのではないか。この年、WHIPが1.12に下落。ERAも3点台になり、並みのクローザーの成績になった。四球はめったに与えなかったが、被安打がイニング数とほぼ同じになった。特に開幕直後の4月後半、OAK、BOS相手に火だるまになったのはショッキングな映像だった。4試合で9安打9失点。6月、7月は持ち直したが8月にふたたび打ち込まれた。


不調の原因はただ一つ、カッターの切れ味が悪くなったのだ。


そのあと、リベラがどんな練習をしたのか、体のどこが改善されたのかはよく知らないが、2008年、2009年、完全復活を果たす。2008年、チームは不振だったがリベラの投球はさえわたった。なんとWHIPは0.67。開幕から2カ月で自責点1、25回で11安打2四球というすごさだった。2009年、4月5月はERA2点台とこの投手にしては良くなかったのだが、しり上がりに調子を上げていき、6月12日から8月9日までの21試合で自責点ゼロを記録する。打線好調なNYYが終盤に逆転し、リベラが上がるとあきらめムードが漂ったものだ。


好調の原因はただ一つ、カッターの切れ味が良くなったのだ。


この投手は斜め下にすとんと落ちる高速カッターしか投げないから、そうとしか言いようがない。まさに名人芸。2009年のWBCでは、ベンチに姿を現したが、ついにマウンドには上がらなかった。まさか「これが良かった」とは思っていないだろうが。


M-R


 41歳の誕生日を迎えるリベラである。今年もカッターの切れ味が良いかどうかはわからない。ただ、歴史に残る名投手の活躍は、それほど長く続くとは思えない。しっかり見ておきたいと思う。


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MLB観客動員に見る盛衰の記録-1|野球史

Gファンですが様の示唆を頂いて、MLBの観客動員数を調べた。その草創期からデータとしては揃っているが、長大な表になるので、1949年から10年区切りでたどることにしよう。まずは1949、1959年。


1949MLB 


戦後間もなく、選手が続々と復帰したMLBは復興期にあったが、まだ球場は満杯とはいかなかった。ヤンキースタジアムでも平均すれば50%以下だったのだ。特に弱小球団の観客数は悲惨だ。ダントツに低いセントルイス・ブラウンズは今のオリオールズ。隻腕投手や身長108センチの選手を試合に出すなど奇策に走るも数字は上がらなかった。


動員数が伸び悩んだのは、フランチャイズが重なるチームが多かったことも大きい。ニューヨークに3チーム(ヤンキース、ジャイアンツ、ドジャース)、セントルイス(ブラウンズ、カージナルス)、シカゴ(今と同じ)、フィラデルフィア(アスレチックス=コニー・マック健在、フィリーズ)に2チームが併存していたのだ。


1959年、MLBの西海岸進出が始まっている。ブルックリン・ドジャースがロスへ、ニューヨーク・ジャイアンツがサンフランシスコへ。西部ではないがフィラデルフィア・アスレチックスもカンザスシティに異動している。新市場に根付く過程の時期であり、全体としての観客動員数は微減するが、各チームの動員数は均衡してくる。移転2年目のドジャースはロスで爆発的に観客を獲得した。以後、LADはMLBのマーケティングのお手本となっていく。


1959MLB


反対に東海岸のチームは軒並み動員数を落としている。NYY、BOSといった名門チームはチーム成績がもろに動員数に影響するのだ。


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ヤクルト、右腕バーネットと契約|エピソード2009-39

ヤクルトは、ARI傘下AAAのRENOにいたトニー・バーネットを獲得した。年俸は40万ドル+出来高の1年。今日時点でRENOのロースターにはアクティブで載っていたから、報道にある「前ダイアモンドバックスの」というのは、間違っているように思う。


T-B


バーネットはアラスカ生れ。2006年、アリゾナ州立大から10順目297位でARIに契約した。ボーナスは1万ドル。まだマイナー4シーズン目。今季AAAに上がったばかりだ。ヤクルト球団の発表によるとAAA最多勝の14勝を挙げたことを評価し、先発ローテーションの一角にと期待しているようだ。188cm80kg。


しかし、このSTATSはあまり感心しない。ERAがひどく悪いのだ。アマチュアドラフトでの指名順位が低かったのも、NCAA時代のERAの悪さゆえだろう。イニング数よりかなり多くの安打を打たれ、四球も出している。WHIPも1.3を超えている。取り柄は若さだと思う。


先行投資としてはわかるが、そのわりに年俸が高い。MLBに昇格していない選手である。


活躍したらしたで、すぐにMLBに復帰しそうだし。やや疑問が残る。


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ハラデーの新しい挑戦|2009年の注目選手-13

現役投手の完投(CG)数のランキングは以下のとおりである。


 R-H-CG


現役と言っても、先日引退を表明したランディ・ジョンソンをはじめ現在のロースターに乗っていない大物投手が多い。ベスト10の投手で今も第一線で投げている先発投手はハラデーだけである。11位以下にカーペンターやC.Cなどが並ぶが、ハラデーの記録は突出している。


ここ10年ほどで、投手の分業はさらに精緻に明確になっていって、完投はもはや例外的なSTATSになった。2009年はALすべて合わせても完投は72回に過ぎない。そのうちハラデーは1人で9回も記録しているのだ。


R-H 


ハラデーは、1995年TORに1順目(17位)、89.5万ドルのボーナス付きで入団した。同じ1順目にはホセ・クルーズ、トッド・ヘルトンらがいた。4年目の98年にはMLBに上がり、99年には先発、リリーフを兼ねるがここから数年は平凡な成績に終わる。故障もあって伸び悩むが、2002年にローテーションに復帰すると、2004年にDL入りした時期を除いて、絶対的なエースとして君臨した。


この投手は、マイナーではなくMLBに上がってから完成された投手である。多くのSTATSがマイナー時代よりも良い。アリーグ東地区と言うMLBの最激戦区でTORは、ポストシーズンへの進出の可能性はほぼ閉ざされているが、その中で圧倒的なエースとして君臨した。


完投にこだわる投球も、往時の国鉄の金田正一(古いか)のような立場ゆえに可能だったともいえるだろう。


2009年末GMの交替とともにハラデーは三角トレードでPHIに移籍。年俸も2011年からは2000万ドルに跳ね上がる。


ハラデーは15年間TORに在籍した。弱小ではあるが、居心地の良い職場だったはずだ。移籍するPHIは、ナリーグ最強チームであり、力の接近する投手が多数いる。その中でもハラデーはエースだろうが、自由度は減るに違いない。


新しいリーグの新しい環境でマウンドを踏むハラデー。興味深い挑戦が始まる。


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Fグティエレス、SEAと4年契約|エピソード2009-39

2009年のSEAには、キャリアではじめて規定打席に達した移籍組が2人いた。ブラニャンとグティエレス。いずれもまずまずの数字を残した。GMは仕事をしたといってよいと思う。

その一人、1983年生まれ、イチローと10歳違いのグティエレスと年俸調停を回避し、4年契約を結んだ。2014年は球団のオプション。2009年は45.5万ドルの1年契約。4年2050万ドルは、期待料込みの契約だと思うが。

F-G 

ベネズエラ出身のグティエレスは2000年にLADと契約した。2004年にCLEに移籍、2005年にMLBにデビューしている。それほど早い出世ではない。マイナー時代から、守備範囲の広さで知られ、外野手としての能力には定評があった。攻撃面では、スピード、パワーともに評価されていたが、荒さも目立った。三振が多く、出塁率も低かった。

CLEではサイズモア、ロフトン、ベン・フランシスコなどに続く4番目の外野手という印象だったが、レギュラー一歩手前だった。

2009年のSTATSで評価できるのは、206と言う出塁数、そして.283という打率。これは立派な主力の数字だ。荒っぽさは相当改善されているという印象だ。守備は、CFのRFがMLB全体(規定試合以上20人中)3位。守備範囲は相変わらず広く、堅実だ。イチローがセンターに戻ることはないだろうと思わせる。本当は、エンディ・チャべスが元気なら鉄壁の外野陣ができるのだが。

2010年、4年契約でのびのびと試合をすることで、グティエレスは長打が増えるのではないか。.280、30本、90打点、20盗塁くらいは期待してもいいのではないか。

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マグワイアとは何者だったのか|エピソード2009-38

MLBファンとしては、苦いものでも飲みこむような思いで接したニュースだった。STLのコーチ就任のために、マグワイアが10年以上前のステロイド使用を認めたのだ。

マグワイアはサプリメント(アンドロステンジオン)の使用は現役時代から認めていたが、かつての僚友ホセ・カンセコがリークしたようにもっと深刻なステロイド剤を常用していたのだ。

マグワイアのSTATSはバリー・ボンズのそれと並んで異様なものである。

 M-M

デビュー1年目で49本塁打を打った時は、恐ろしい新星があらわれたものだと思った。ただこの時点では、今のライアン・ハワードやプリンス・フィルダーに近い、粗削りな逸材登場と言う感じだったのが、マグワイアはそこから円熟するどころか、ますます極端な、ピーキーな打者へと変貌していく。打率は極端に低く、本塁打が極端に多い。その上よく休む。さらに言えば、成績が一定しない。毎年異なる数字を記録しているのだ。

88年以降は40本塁打40盗塁のカンセコの方が目立っていた。またカンセコ移籍後も故障などで93~94年をほぼ棒に振る。そして95年からの本塁打ラッシュの時代を迎えるのだ。95年のオーナー交代を機にOAKは財政難となり97年のトレード期限最終日にマグワイアはSTLに移籍する。(97年10月にOAKのGMになったビリー・ビーンは、マグワイア、カンセコなどの大砲がいなくなったチームの立て直しを任された。ここから「マネーボール」が始まったのだ。)

そして1998年、あの70本塁打の年を迎えるのだ。この年のRCは驚異的な170.80を記録する。しかしそこからマグワイアの退場まではわずか3年に過ぎない。そしてこの3年のSTATSは異様としか言いようがない。最晩年の3年間で打った本塁打は126本。これは、同時期の安打273本の46.2%に達する。ほとんど本塁打しか打っていなかったのだ。そして最後の年、つまりチームにプホルスが入った年は、実に安打の52%が本塁打。打率は.187で長打率は.492に達したのだ。「本塁打は打てるが、もう野球はできない」そんな叫びが聞こえそうだ。

声明では89年からステロイドを使用し、93年からは故障の回復のために使った(つまり常用を始めたということか)そうである。だとすれば25歳から38歳まで使用し続けたことになる。これは悲惨だ。

マグワイアは500本塁打を打ったことで、殿堂入りの資格があると言えるが、たとえこの謝罪が同情を得たとしても、その栄誉を獲得するのは難しいのではないか。ピート・ローズのように自らの不行跡が原因ではないが、トップアスリートとして人々の期待を裏切った責任は重いと思う。

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ナリーグで最も効率的な投手は?|2009年のMLB、NPB-18

昨日はあやまってナリーグのデータを先に出してしまい、申し訳ありませんでした。

改めて、対戦打者1人当たりの投球数と、1イニングに要した投球数。ナリーグ、規定投球回数以上と、日本人、気になる投手。

NL-NP 

現在、ナリーグで最も効率的な投球をするのは、元SEAのエースだったピネイロ。被本塁打が多く、信頼感があるとは言えないが、数字を見ればそうなる。サイヤング賞を争った3投手の内、カーペンターは非常に効率的な投手だが、リンスカムはこれに劣り、ウェインライトは球数をかけて選手を料理しているのが分かる。

デューク、マーキィスの2投手はともに攻めの姿勢が強いが、打ちこまれることも多い。負け数がそれを物語っている。

川上、黒田はいずれも効率性の良い投手の部類に属する。それにしても、2009年は規定投球回数に達した日本人MLB投手は皆無だったのは、少しショックだ。

繰り返しになるが、投球数と言う数値は、重要な指標だが、それだけでは良い投手には慣れないということだ。

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上原浩治、MLB移籍の収支決算は?|日本人MLBプレイヤーの2009-21

右ひじ腱の部分断裂によって上原のMLB挑戦は6月28日で終わった。2010年に復帰できなければ、上原はFAとなってしまう。故障が長引けば、このままMLBとは縁がなくなってしまう可能性もある。

上原については、「どうせMLBにいくのなら、もっと早くに行けばよかったのに」という言葉をかけてしまいそうになる。

K-U 

松坂と同年、同じくらいの高評価でNPBに入った上原は、たちまちセリーグを代表する投手になる。1年目の成績は抜群だった。コントロールが良く、球威もありフォークも冴えていた。投手のタイトルを総なめ。翌年以降も浮き沈みはありながら、一線級で活躍してきたが、キャリアSTATSを見る限り、それは少しずつ衰えていくステップでもあった。

上原の投手生活に決定的な影響を与えたのは、2007年のクローザー転向だった。豊田の不調に伴うチーム事情で抑えに転向、31セーブを挙げたが、本人の強い希望で翌年先発に復帰。しかし中途半端な使われ方をしたこともあり、2008年は6勝どまり。巨人と言うチームに対するロイヤリティは、この2年で大きく失われたのだと思う。

力が衰えてからのMLB挑戦だったが、その片鱗は見せた。1試合1四球と言う制球力の良さは光った。しかし被安打、とりわけ本塁打の多さが球威不足を思わせた。挙句の果ての負傷離脱である。

たらればの話で恐縮だが、98年、巨人と激しい争奪戦を繰り広げていたANAに入団していたら、当時10勝投手がフィンリー、ペトコフセクの2人と言う弱体投手陣で、エースとして活躍する可能性があったと思う。

35歳はまだ老けこむには早い。2010年の復帰を心待ちにしたい。

 

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チャプマンは素材か?戦力か?|エピソード2009-37

2009年春、WBCで日本チームと対戦したアロルディス・チャプマンは夏にオランダ遠征に行った際に亡命していた。亡命先はアンドラ。イベリア半島の付け根にある人口7万人足らずの国である。チャプマンはこの国に席を得て、MLBの各チームと交渉を続けてきたのである。

この投手は、WBCでは100マイル/h超えの投球で注目を集めた。しかし、STATSはキューバのリーグでもWBCでも良いものではない。(以下のSTATSはWikipediaより引用)

A-C

速球派だけに被安打は少なく三振が多いが、与四球が被安打に匹敵するほど多い。これだけ塁に走者を出せばタイムリーをくらうのは当然だ。また被本塁打も多い。要するに速いだけで野球を知らない若い投手だということだ。この手の投手を打ちこむのが得意な日本は、WBCでチャプマンをやすやすと攻略した。チャプマンは頭に血が上り失敗を重ねた。

こういうことを総合すると、この投手は即戦力ではないかもしれない。

しかし、左腕で球が速いというのは、何物にも代えがたい素質ではある。チャプマンはマイナーリーグで1~2年実践を積んでMLBに上がってくるのではないか。LAA、BOS、TOR、CINなどの争奪戦の末、CINが契約間近なようだが、チェンバレンのような教育方法で育てると思う。

年々キューバからくる選手の水準が下がってきているように思える。これからは即戦力ではなく素材としての人材獲得が中心になるのではないか。

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アリーグで最も効率的な投手は?|2009年のMLB、NPB-17

投球数が少ないのはNPBでは投手の個性の内だが、MLBでは投手の徳目の一つだ。投球数は重要なSTATSとして記録されている。この数字をみていきたい。対戦打者1人当たりの投球数と、1イニングに要した投球数。2つの数字は似て非なるものだ。

2009年の松坂は1人当たりの投球数は減ったが、それはカウントの浅い球を打たれたからだ。出塁を許した分1イニングあたりの投球数は増えている。その意味では1イニングに要した球数の方がより重要だ。

アリーグ、規定投球回数以上と、日本人、気になる投手。

 AL-NP

ハラデーが1人当たりで2位、1回当たりでトップ。これは至極妥当だと言えよう。MLBで唯一と言っていい先発完投型の投手。抜群の経済性がなければ不可能だ。サイヤング賞のグレインキ、ヘルナンデス、C.Cサバシア、CWSのエース、バーリーなども上位にいるが、同時に意外な顔ぶれも並ぶ。まだMLB3年目のMINブラックバーン、フロイドなど売り出し中の投手、そしてすっかり色あせた感のあるパヴァーノなど。効率的な投球が必ずしも勝敗に結びつかないのも事実なのだ。

反対に、非効率的な投手の代表はBOSのレスター、NYYのぺティット、TBのガーザ。球数を費やしても押さえればいいだろというタイプである。

リリーフ投手は先発投手より球数は増える傾向にあるが、リベラは例外のようだ。日本人投手の不調は、この数字からも見て取れよう。

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日本ハム、右腕ウォルフを獲得|エピソード2009-36

日本ハムは投手の頭数によほど危機感をもっているのだろう。3人目の外国人投手の獲得である。

B-W
ウォルフは、99年のアマチュアドラフト6順目(全体179位)でMINに入団。同じ6順目にはベダード、1順目にはベケットの名前がある。192cm、102kg。

この選手は足掛け9年、マイナーリーグで投げてきた。A、AA、AAAとランクを上げるたびに挫折し、やり直している。その間に先発からセットアッパーに代わっている。またチームもMIL、TORと移籍。

2007年にようやくMLBに上がり、5/30のNYY戦9回に登板するもポサダに内野安打、ジアンビにシングルを打たれ失点。しかしその後は安定した登板を続け、セットアッパーとして定着した。

翌2008年は開幕からロースター入りするが5月にファームに落ちる。防御率は悪くなかったのだが、以後MLBでの登板の機会は減る。そして2009年は、AAAでもMLBでも不振の内に終わり、シーズン終了後にマイナーFAになっていた。

速球はまずまずだが、被安打率が高く、不器用な印象の投手だ。ただここ2~3年で成績が向上している。30歳の若さもプラスだ。セットアッパーとしてなら使える可能性はあるだろう。

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ゲレーロは500万ドルでTEXへ|2009ベテランの勤務評定-04

松井秀喜の移籍によって放出が既定事実化していたブラディミール・ゲレーロは、TEXと契約したようだ。1年契約500万ドル。2年前までA-RODと並び称される存在だったことを考えると少し哀しい。

V-G



ゲレーロは、攻走守ともに人間離れした選手と言う印象がある。

全盛期にはイチローよりもすごい右翼手と言う評価があった。がっくりがっくり体をゆする独特の走り方でボールをキャッチすると、恐ろしい球を三塁までダイレクトに投げていた。やや動作が鈍いので、ゴールドグラブは取ったことがないが、十分に抑止力になる肩だった。その上、MTL時代は40盗塁も記録(この当時、1つ違いの兄ウィルトンもMTLで2Bを守っていた)。

このスピードに加えて、すさまじい打撃があったのだ。2007年、オールスターのホームランダービーでバットスィングの速さを堪能したが、とにかくボールを全身で“しばいている”という印象だった。素手でバットを持つのもすごい。悪球打ちも目立ったが、ゲレーロには一般の常識は通用しないという感じだった。併殺打が多いのは、右打者だからだが、同時に打球があまりにも速すぎるからでもあった。

こんな選手は絶対に日本にはいない、と思わせる。2008年からのひざの故障は、自身の筋力の強さに体がついていけなくなった、という感じがした。

2010年、復活してほしい選手の一人である。35歳はまだ若い。松井秀喜とどちらが良いSTATSを残すか。そして再び年俸1000万ドル倶楽部に復帰してほしい。

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プロフィール
最近メディアからいろいろお話をブログにいただくようになりました。迂闊なことに、殆ど対応できていませんでした。ご連絡は下記までお願いいたします。

baseballstats2011@gmail.com

広尾晃と申します。

ライター稼業をして、かれこれ34年になります。

2009年1月に、SportsNaviで「MLBをだらだら愛す」というブログを開設、12月には「野球の記録で話したい」を開設。多くの皆様にご愛読いただきました。2011年11月、livedoorに引っ越し。基本的な考え方は変わりません。MLB、NPBの記録を中心に、野球界のことをあれこれ考えていきたいと思います。多くの皆様に読んでいただきたいと思いますが、記録や野球史に興味と尊敬の念を持っていただける方のサイトにしたいと思います。特定の球団のファンの方も大歓迎ですが、「ひいきの引き倒し」的な論調には与しません。

広尾晃はペンネーム。本名は手束卓です。ペンネームは、小学校時代から使っていました。手束仁という同業者がいるので、ややこしいのでこの名前で通しています。ちなみに手束仁はいとこです。顔もよく似ています。
私が本名を隠しているかと勘違いして、恐喝のようなコメントを送ってくる犯罪者まがいがいるので、あえて公表します。


2012年11月「クラシックSTATS鑑賞」を独立したサイトにしました。

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