※先ほど、横浜から巨人に移籍した村田修一の背番号を5と早とちりし、この稿をアップしてしまいました。ご指摘ありがとうございます。背番号25の系譜もアップしますが、もったいないので背番号5の方もご紹介します。
私が子供のころの巨人の背番号5と言えば、ショート黒江だった。背番号にそれほどの意味があるとは思わないが、ちょっと調べてみたくなった。
巨人の背番号5のSTATS。

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わずか3試合の差だが、背番号5で最も多く試合に出たのは岡崎郁。続いて清原和博。清原は最多安打、最多本塁打である。打率でいえばラミレス。

初代伊藤健太郎は5番打者だったために背番号5をつけたという。以後、個性的な背番号5はしばらく出なかったが、エリート外野手だった岩本尭が6年間つけた後、毎日から来た柳田(巨人V9時の強打者の柳田真宏とは別人)を経て、V9の黒江で決定的なイメージができた。以後、内野の要となる野手が付ける背番号となった。デーブ・ジョンソンやリンドも二塁手だ。

しかし清原以降は、助っ人の強打者の背番号となり、現在に至る。

まるで歌舞伎の屋号や名跡のように、単なる数字のはずの背番号も歴史とともにキャラクターをまとっていくのだと、改めて感じた次第。

ラミレスが横浜意に移籍。結果的に交換のようにしてやってきた村田修一は25番を選んだ。今季の5番は誰になるのだろうか?

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