NPBでは、福留孝介は最高のパフォーマンスを見せることができる外野手だった。攻撃面でも、守備面でも、非の打ちどころがなかった。内野手としてデビューしてから9年、上り詰めた福留は、MLBに挑戦したのだった。
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MLBでもすばらしい滑り出しだった。2008年、デビュー戦では二塁打と3ラン本塁打。広い守備範囲。イチローにはない、優れた選球眼。夏前にはやや調子を落としていたものの、オールスターにも選ばれた。

しかし、その直後から、福留は極度な打撃不振に見舞われた。左投手の内角球が全く打てない。腰が引けてしまう。春に、歓喜で迎えられた福留は、失望の声とともにシーズンを終えた。

2009年も全く同じだった。春先は素晴らしいスタートだったが、5月には失速。2010年も6月には失速。2011年も同様。
通算の月別成績

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まるで、4月までの福留と、それ以降の福留では別人のようである。同じパターンが4年間も続いたということは、技術面だけでなくメンタルな部分で福留が自分の壁を破れなかったのかもしれない。

ただ、福留は、通好みの良い選手という評価は得ていた。チャンスでも熱くならず、四球を選ぶことのできる能力。そして、地味だが堅実な守備。「使えそうな選手」という評価はついて回った。

2011年、契約最終年のシーズン中にクリーブランド・インディアンスに移籍。優勝争いをするCLEでは、いいところを見せるチャンスだったが、活躍できず。

そして今季は、シカゴ・ホワイトソックス=CWSで再起を期したが極度の不振のため、6月に解雇。ベテラン揃いの外野陣のリザーブとしてニューヨーク・ヤンキース=NYYにマイナー契約で移籍するも、直後にイチローの入団が決まったために、昇格することなくリリースされた。

NYYのAAA(スクラントン)では、39試合で37もの四球を選び、しぶとさが健在であることをアピールしたが、及ばなかった。少し悲しい。



福留は4年4800万ドルという巨額の年俸でMLBに移籍した。結果的にはその巨額の年俸が、彼の心身を束縛した形となった。いろいろと考えさせられるケースである。

西岡剛の争奪戦が起こっているが、35歳とは言え、実力的には福留の方が上だと思われる。井口資仁のように、MLBで学んだことをNPBで発揮して、存在感のある選手として復活してほしいと思う。

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