日米通算記録はナンセンスだ、というのはこのブログを始めたころからの私の持論だ。何度もこの話題を取り上げてきたが、これまで大きな議論になったことは無かった。
ありがたいことにPV数は伸び続けているが、それとともに読者層も多様になっているのだと実感した次第。
海外で活躍している日本人選手を喧伝するのは、日本人の性癖に起因している。日本という国は「自分たちがどう思われているか」に極めて敏感で、「褒められる」ことが無性に嬉しい。日本ほど「自国論」が出版されている国はないといわれる。
マスコミは、そうした日本人の性癖を熟知して、ことさらに盛り上げようとする。

昔、タイガー・ウッズの記者会見で「石川遼をどう思うか」と質問した記者がいた。前後の脈絡もなく、突然こんな質問をしたのだ。
ウッズは賢いから「彼はまだ若いが、とても優秀なゴルファーだ」とか何とか答えていたが、私はずいぶんみっともない話だと思った。
ここまで読んで、「みっともなくないじゃないか!」と思った人は、この先を読むのは時間の無駄になると思う。

国際的なスポーツの世界に挑戦するというのは、その世界の秩序を受け入れ、その中で一からやり直すということだ。故国でどんなに実績があっても、特別待遇をもとめることができるとは限らない。原則論で言えば、一からやり直すことが求められている。

2001年、イチローはポスティングシステムで移籍した。マイナー契約でなかったのは、野茂英雄らの活躍で、NPBでの成績がMLBでの活躍を予測するうえで、ある程度の「目安」になるとMLB側が判断したからだ。そういう意味では、ドメスティックな実績も考慮されたとは言えよう。しかし、イチローは「僕はまだレギュラーが約束されているわけではない」と言った。賢明な彼は、MLBでプレーするうえで、NPBでの実績は何の役にも立たないことを知っていたのだ。

この当時のMLBがNPBでの実績を全く考慮していなかったことは、彼が新人王を取ったことでもわかる。NPBでは9年のキャリアを経ていたが、MLBではただのルーキーとみなされたのだ。

イチローはNPBとMLBの力量差を肌身にしみて感じていたことだろう。端から見れば、NPB時代と同様打ちまくっているように見えたかもしれないが、彼にしてみれば「とんでもない、僕はMLBに来てから変わったのだ」と言いたかったことだろう。

日米通算2000本安打、2500安打と重ねるごとに、日本のマスコミは書き立てたが、イチローはこれを極度に嫌がった。シアトルでのチームメイトとの関係が必ずしも良くなかったイチローは、日本人たちがロッカールームで彼を囲んで騒ぎ立てることに非常に神経質になったのだ。
「マイナーリーグの成績と、メジャーの成績を足して勝手に喜んでやがる」と言われることを恐れたのだ(事実、米の記録サイトではNPBは未だにマイナーリーグの扱いである)。

3500本安打の時は、球団側がお祝いのセレモニーを企画したが、イチローがこれを峻拒している。

ダルビッシュが移籍した時も、日本人記者が大挙してロッカールームに押しかけ、周りにいる選手に片端から声をかけた。
ジョシュ・ハミルトンは「たぶんいい投手なんだろうね」と答えていたが、質問した日本人記者は、ハミルトンがテキサスのスター選手であることなど知らなかったのだろう。
多くの日本マスコミにとって、日本人が喜ぶ記事=日本の有名選手の言動だけが大事なのであって、MLBがどんな野球をしているのか、どんなすごい選手がいるかは一顧だにしなかった。人の家に土足で上がりこんで、ほしいものだけ取って帰るようなことをしていたのだ。
イチローのみならず日本人大リーガーは、こうした日本メディアの行状に肩身の狭い思いをしてきた。

今回、ヤンキース側が4000本安打のカウントダウンをし始めたのは、不躾な日本メディアの圧力に屈したからではない。リーグの実力差はあるにせよ、ここまで安打を積み重ねてきたことに敬意を表したのだ。
もちろん、前のブログでも書いたように、日本メディアにヤンキースのことをもっと報道してもらいたいとも思ったのだろうが、あくまで異例の措置として、イチローの4000本安打はMLBで検証されるのだと思う。
その意味ではこの4000本安打は特例としてお祝いしても良いのかも知れない。
記録にこだわる私としては、あくまで知らぬ存ぜずで通すつもりだが。

しかし、次のメルクマール、タイ・カッブの安打記録4189、さらにはピート・ローズの4256という数字に対しては、日本メディアも神経質であってほしい。
「ついにイチローが球聖タイ・カッブを抜きましたが」などという質問を、MLB関係者や選手にぶつけてほしくない。それは真実ではないからだ。
アメリカの野球ファンはアンタッチャブルと言われる記録に対して大変な敬意を抱いている。不幸なことに通算安打や本塁打記録のトップには、殿堂入りできない人物が座っているが、それでもその数字を大事にしている。

仮に、今オリックスで猛打を振るっている李大浩(韓国で225本塁打)が、なお15年ほど日本で活躍して、日韓通算記録で、王貞治の868本塁打を抜いた時に、韓国人記者が
「王貞治の本塁打記録をついに破ったが、どう思うか」と質問されて、心穏やかに返答することができるだろうか?
「何と厚かましい奴だ、NPBとKBOをいっしょくたにするな」
と思うのではないか。そして偉大な王貞治が侮辱されたような気がするのではないか。



MLBとNPBは異なる歴史を歩んできた。常に交流はあったにせよ、両者は別の「世界」である。
MLBとNPBが協議のうえで「今後は両機構での野球記録は同価とし、通算成績は合算する」と宣言しない限り、私は日米の野球記録は通算すべきでないと主張し続けていく。

この話題については、尊敬するMLB評論家、豊浦彰太郎さんがもっと的確に書いておられる。日米の野球文化の差異などを書かせれば随一だ。こちらもご一読願いたい。

http://www.jsports.co.jp/press/article/N2013072901454801.html

追記:最近、どんなブログを書いても「それは広尾がこういう性向を持っているからだ、こういう思想を持っているからだ」などと言う意見が返ってくる。私の記事、主張に対するコメントは歓迎するが、そうした個人批判に対してはお答えしようがない。私は思ったことをそのまま書いているだけで、誰かサイドで書いたり、何らかの思想に基づいているわけでもない。そういう批判は、すべて的外れだと申し上げておく。今後もそういう批判については、お答えしません。

私のサイトにお越しいただき、ありがとうございます。ぜひ、コメントもお寄せください!



広尾晃 野球記録の本、アマゾンでも販売しています。




クラシックSTATS鑑賞もご覧ください。巨人、三塁手のランキング 1位は長嶋茂雄
Classic Stats