最後の年。この年から2005年の東北楽天ゴールデンイーグルスの設立まで新球団は生まれていない。
スポンサーのトンボは1年で撤退。高橋に戻る。
1956年の打撃成績 左は前年に所属したチーム グレーはアマチュア 監督は選手兼任の笠原和夫。

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慶應大学で藤田元司らとともに活躍した佐々木信也が入団。入団に際しては高橋としては異例の契約金が支払われたという。また年俸も高額だったと言う。

その期待に応えて佐々木は、高橋、トンボの歴史を通じて初めて打撃ベスト10に入る。またタイトルではないが最多安打をマーク。154試合出場は今もNPB1位タイ。

しかし稲尾和久がいたために新人王は取れなかった。

投手成績 えんじ色は左腕

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スタルヒンが去り、中野隆夫と中日から来た伊藤四郎がエース格。伊藤は救援投手としても活躍し、今の基準でいう12セーブを挙げている。

勝率.350を割り込めば解散という瀬戸際の最終戦で、“劇的な”勝利を挙げて存続が決まったが、首位西鉄から45.5ゲーム離された最下位。

チームは翌年のペナントレースに参加すべく、岡山でキャンプを張ったが、資金不足によって2月1日に解散が決まった。



移籍した選手と移籍先

■大映
投手:大庭、柴原、滝、田中、西本、深谷、宮崎、山部、山本、横山、吉岡
捕手:大井、筒井兄、山内、山岸
内野:飯山、板野、伊藤、加藤、北川、河内、坂本、佐々木、筒井弟
外野:荒川、大木、栗木、望月

■近鉄
投手:伊藤、小沢
捕手:青木
内野:兵頭

■東映
投手:飯尾、中野
内野:前川
外野:石川、見乗、山田


佐々木信也は大映に移籍したが、大映が毎日と合併したのに伴って大毎に移籍。
しかし、ここで西本幸雄監督に引導を渡されて引退した。

2004年、球界再編のときに、高橋ユニオンズ解散の悲哀を知る人はほとんどいなかった。
近鉄の合併は、これに匹敵する悲劇だったことは間違いないだろう。

高橋ユニオンズに在籍した選手の内、存命者は昨年夏時点で28人だそうである。


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