先日、甲子園球場の運営担当者の方とお酒を飲む機会があった。甲子園球場は近年、様々なモニュメントが建てられて、見違えるほど美しくなったが、それを企画推進した人だ。
この人は甲子園歴史館の企画開発の責任者でもあり、熱い思いを語ってくださった。
その彼が今朝、FBで嘆いていた。
甲子園球場は選抜が開幕した昨日、開場90周年を感謝して配布した甲子園の土入りキーホルダーを無料配布したのだが、早くも今日、そのキーホルダーがヤフオクに出品されていたのだと言う。

甲子園球場が無かったら、野球が国民的スポーツになることは無かったかもしれない。
中等学校野球、高校野球、阪神タイガース。
関西のみならず日本中の人々を熱狂させる野球シーンが、何十年にもわたってこの球場で繰り広げられたことで野球は人々の生活になくてはならない娯楽になったのだ。

この球場の「卒寿」を、ファンとともにお祝いしようと言う気持ちが込められたキーホルダー。
無料にしたのは、これがビジネスではなく、甲子園球場の「気持ち」だ、ということを意味する。それを転売されたのはショックだろう。

「なんでも鑑定団」以来かと思うが、近ごろはどんなものにでも「価格」がつく。
このキーホルダーもコレクターズアイテムだということなのだろうが、配られた翌日にネットオークションに上がるとは、身もふたもない、見下げ果てた行いだと思う。
恐らくは、たまたま複数個数手に入ったからオークションに上げたのだろうが、それが多くの人の思いを踏みにじる行為であることに気が付かないとは。

こういう人をファンとは言わないだろう。



端的に言えば、ファンとは「見返りを求めない」人たちのことである。

野球が好き、あるチームが好き、ある選手が好き、という思いで応援をし、お金を払って球場に行き、グッズや雑誌を購入する。
ファンというのは経済的には「赤字」が大前提。
その代わりにプライスレスな満足感や感動や連帯感などを味わうのである。
キーホルダーをネットオークションに出した輩が、ファンの風上にも置けないのは、この原則に反しているからだ。

小さな話だが、タイムリーヒットを打った野手が守備に就くときに、応援団が帽子を取って挨拶をするように求めるのも「見返りを求めている」のでないかと思う。
私はこういうのが嫌いだし、間違っていると思っている。

ファンについてもう一つだけ定義するとすれば、ファンとは「身分上下のない」人たちのことである。

何十年も通い詰めている人も、今日初めて球場に足を運んだ人も入場料は同じ。
ベテランのファンに観戦の仕方を手ほどきしてもらうことはあるだろうが、ファンとしての重みは一緒だ。先輩面をしたり、排除することはあってはならない。

一部の応援団はこの原則に反して、球団や他のファンに「特別扱い」することを求めている。また、何らかのビジネスを発生させることもある。
こういう人々もファンではないと言って良いと思う。

チームが強くなればファンはより多くのお金を使わなければならない。
しかし、それを残念だと思うファンはいない。チームが強くなり、好きな選手が活躍すれば、ファンは生活費を切り詰めてでも応援に駆けつける。行けなくても本やグッズを買う。
ファンとは、そういう無償で、純粋な人々なのだ。

プロ野球において、私はファンこそが最も重要なステークホルダーだと思うが、それは何といっても唯一「赤字を引き受けてくれる」存在だからだ。

球団は、ファンのために戦力を充実させ、ペナントレースを全力で戦わなければならない。
そして選手は力いっぱいプレーしなければならない。

さらにNPBは、ファンのためにペナントレースをより面白いものにしなければならない。一部のファンや特定の球団の利益を優先してはならない。また、球団側の一方的な都合で合併や球団数の削減などを行ってはならない。

選手会は、自分たちの都合を一方的に主張してはならない。

「ファンありき」とは、誰もが口にする言葉だが、それに基づいて本当に行動できる人は多くはないように思う。

しかし球界の改革が今後進むとすれば、「ファンありき」の路線以外にはありえない。そのことを再確認したい。


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