ちょっと地味だったかもと思ったが、たくさん返歌をいただき感謝。
■zakklyさん
門田懐かしいですね。
山崎武司までは「不惑の大砲」の肩書は門田だけが許された称号でした。
野茂英雄にプロ初被弾をかましたのは門田でした。それも宣言の上で。
そして引退試合も先発野茂と3打席でした。
■伊予のパリーグ好きさん
初めて東京ドームで野球を観たのが、日本ハムvs南海戦でした。その試合で不惑の30号ホームランを目撃し、感激したのを思い出します。それ以降、パリーグも注目するようになりました。40歳で30本打ったのは、王さんと門田さん位ですよね。
■えこさん
私は小学生の頃、門田選手が大好きで、何と言っても豪快かつ美しいバッティングフォームがカッコ良くて、友達と草野球する時もいつも真似してました。後にも先にも、そこまでカッコ良い!と思ったバッティングフォームは門田選手以外いませんね。
友達からは門田って誰や?と言われて、ふん!門田博光も知らんど素人が!と生意気に言ってました。自分も門田以外のホークスの選手は大して知らんくせに。
■ゴールドクラブさん
門田博光の現役時代を一度だけ見ました。
それは88年4月年宮城球場でロッテ-南海戦が開催された試合で、前日に川勝オーナーが死去し、杉浦監督や選手が「勝つことが我々にとって最大の供養」と新聞に掲載された日曜日でした。
たまたま1塁側内野席で、門田のフォームを直に観ました。
>ゆっくりと左打席に立つと、軽く素振りをくれて、左耳の後ろにバットを構える。ぴたっと構えが決まると、あとは全く動かなかった。
まさにお言葉どおり。濃い緑のビジターユニフォームで子供心に「当たればスタンド」を感じさせた選手。
それが9月になって南海が身売り、と新聞で知った時両親に「身売りって何?」と聞いたのを思い出しました。
ああ、地方に生まれ育った自分は、何てちっぽけな存在だ…。
プロ野球が常にある東京や大阪に生まれ育ちたかった、と昔も今も嘆く自分がいる…。
■まほろばさん
私の母が働いていた店にある日、門田さんが突然やって来たことがあり、どうやら働いていた店の同僚と門田さんが友人だったそうで、当時ホークスファン(今はタイガースファンに鞍替えしましたが)だった母は大興奮したそうで、即サインも頂きました。その後、私達家族が学園前駅を降りて道を歩いていた時に母に声をかけてきたのがなんと門田さん。しかしながらその姿は…これ以上は書けません(笑)。でも周りはあのホームランバッター門田博光だと一切気づかなかったことは、当時のパ・リーグの事情を考えれば言うまでもありません。今のパ・リーグ隆盛時代なら、どうなっていたやら。
■バセリさん
ブーマーとハイタッチせんかったら通算ホームラン数でノムさん抜いてたんちゃいまっか。
■哲さん
この流れで来て門田!
門田は生で見たことがないのですよね…今思えばもったいない。
引退試合の豪快なスイングでの三振に感動しました。
こうして成績を見ると素晴らしい選球眼の持ち主だったことが分かりますね。
「門田博光」「他の選手」についてコメントを是非お寄せください!
↓
オフチューブって何だ?
好評発売中。アマゾンでも!
クラシックSTATS鑑賞もご覧ください。 河野昭修、本塁打大全
『「記憶」より「記録」に残る男 長嶋茂雄 』上梓しました。
広尾晃 野球記録の本、アマゾンでも販売しています。
門田懐かしいですね。
山崎武司までは「不惑の大砲」の肩書は門田だけが許された称号でした。
野茂英雄にプロ初被弾をかましたのは門田でした。それも宣言の上で。
そして引退試合も先発野茂と3打席でした。
■伊予のパリーグ好きさん
初めて東京ドームで野球を観たのが、日本ハムvs南海戦でした。その試合で不惑の30号ホームランを目撃し、感激したのを思い出します。それ以降、パリーグも注目するようになりました。40歳で30本打ったのは、王さんと門田さん位ですよね。
■えこさん
私は小学生の頃、門田選手が大好きで、何と言っても豪快かつ美しいバッティングフォームがカッコ良くて、友達と草野球する時もいつも真似してました。後にも先にも、そこまでカッコ良い!と思ったバッティングフォームは門田選手以外いませんね。
友達からは門田って誰や?と言われて、ふん!門田博光も知らんど素人が!と生意気に言ってました。自分も門田以外のホークスの選手は大して知らんくせに。
■ゴールドクラブさん
門田博光の現役時代を一度だけ見ました。
それは88年4月年宮城球場でロッテ-南海戦が開催された試合で、前日に川勝オーナーが死去し、杉浦監督や選手が「勝つことが我々にとって最大の供養」と新聞に掲載された日曜日でした。
たまたま1塁側内野席で、門田のフォームを直に観ました。
>ゆっくりと左打席に立つと、軽く素振りをくれて、左耳の後ろにバットを構える。ぴたっと構えが決まると、あとは全く動かなかった。
まさにお言葉どおり。濃い緑のビジターユニフォームで子供心に「当たればスタンド」を感じさせた選手。
それが9月になって南海が身売り、と新聞で知った時両親に「身売りって何?」と聞いたのを思い出しました。
ああ、地方に生まれ育った自分は、何てちっぽけな存在だ…。
プロ野球が常にある東京や大阪に生まれ育ちたかった、と昔も今も嘆く自分がいる…。
■まほろばさん
私の母が働いていた店にある日、門田さんが突然やって来たことがあり、どうやら働いていた店の同僚と門田さんが友人だったそうで、当時ホークスファン(今はタイガースファンに鞍替えしましたが)だった母は大興奮したそうで、即サインも頂きました。その後、私達家族が学園前駅を降りて道を歩いていた時に母に声をかけてきたのがなんと門田さん。しかしながらその姿は…これ以上は書けません(笑)。でも周りはあのホームランバッター門田博光だと一切気づかなかったことは、当時のパ・リーグの事情を考えれば言うまでもありません。今のパ・リーグ隆盛時代なら、どうなっていたやら。
■バセリさん
ブーマーとハイタッチせんかったら通算ホームラン数でノムさん抜いてたんちゃいまっか。
■哲さん
この流れで来て門田!
門田は生で見たことがないのですよね…今思えばもったいない。
引退試合の豪快なスイングでの三振に感動しました。
こうして成績を見ると素晴らしい選球眼の持ち主だったことが分かりますね。
「門田博光」「他の選手」についてコメントを是非お寄せください!
↓
オフチューブって何だ?
好評発売中。アマゾンでも!
クラシックSTATS鑑賞もご覧ください。 河野昭修、本塁打大全
『「記憶」より「記録」に残る男 長嶋茂雄 』上梓しました。
広尾晃 野球記録の本、アマゾンでも販売しています。