8月26日の阪神戦で捕球の際に右手親指を骨折した東京ヤクルトの捕手、相川亮二は、全治6週間と診断されたが、親指をスポンジで覆い、その上からプラスチック製のキャップをはめて試合に出続けている。

この捕手は94年にドラフト4位で横浜に入団。2003年谷繁元信の中日移籍にともなって正捕手となる。2009年に東京ヤクルトにFA移籍後は、古田敦也引退を受けて正捕手となった。35歳になるが、打撃も水準以上であり、どこへ行っても正捕手が務まる数少ない実力派捕手である。






マスコミは、骨折しても休まない相川に絶賛の声を浴びせている。

◆スポーツニッポン “佐藤打撃コーチは「本人は痛くないと言うが、本当は痛いはず」と舌を巻いた。この日も「もう痛みは取れた」と言い張る相川の姿が頼もしかった”
◆中日スポーツ “他のナインは「相川さんは骨折しても出てるから」。シーズン終盤で誰もが体のどこかにけがや痛みがあるが、口に出さない”
◆サンケイスポーツ “「力になれる状態でなければ、ここ(1軍)にいちゃいけない。チームの力になりたい」と相川。気迫のプレーで燕を支える”
◆デイリースポーツ “09年に同じく右手親指をはく離骨折しながら、チームをCS出場に導いた宮本は「こんなところで休むヤツじゃないよ」と猛ゲキ。「足を引っ張るようなら、自分から引く」。並々ならぬ覚悟を胸に、相川が窮地のチームを支える”


東京ヤクルトは、10年ぶりのリーグ優勝に向かってひた走っている。相川が欠場すれば、今季28試合しか出ていない川本良平に投手陣のリードをゆだねることになる。指揮官が、相川に強行出場してほしいと思うのは無理もないところだ。また、相川自身も診断、治療を受けて、レベルを大きく落とさずにプレーできそうだと判断したために出場したのだろう。そこにプロの見切りがあったとは思う。18年に及ぶプロ生活の中で、相川は、この時期の重要さを知っていた。怪我を押しての出場には重い判断があったはずだ。

しかし、そうした話は、マスコミが記事にする時には、「木口小平は死んでもラッパを離しませんでした」的な美談に置き換わってしまう。相川は、自分を犠牲にしてチームに尽くす、安ものの英雄になってしまう。
なぜこんなにステレオタイプの報道しかできないのか、と思ってしまう。

自己犠牲話が好きなのは、洋の東西を問わない。MLBでも、2004年ワールドシリーズで右足腱断裂の手術の傷口から出血しながら投げたボストン・レッドソックスのカート・シリングは「血染めのソックス」として大きく報道され、そのソックスは殿堂入りした。しかし、それは限定的な状況での美談だ。MLBでは、小さな怪我でも休んで、きちんと治療するのが基本だ。

冷静に考えるなら、体が資本のアスリートが十数試合のために怪我を押して強硬出場することは、もろ手をあげて賛成すべきこととは思えない。プロのアスリートは「怪我をしたら休む」のが正しい姿勢である。その前提の上で、個別の判断、事例があるということだ。

城島健司のように、左ひざの怪我を押しての出場が、取り返しのつかない事態を招くことだってある。その判断は紙一重だ。リスクを考えるならば、「休む」判断こそまともだと言ってよいだろう。

さらに、こうした“英雄的行為”がチームや、他の選手に与える影響も看過できない。ベテランの主力選手が怪我を押して出場しているのだから、若手や控え選手が多少怪我をしても、休みたいとはいえない。チーム内にはすでにそういう空気があるようだが、良いこととは思えない。

怪我を押して出る勇気よりも、目の前のチャンスを捨ててでも将来のために、治療に専念する勇気が評価される。これがプロの世界だと思うのだ。

※追記、川本良平は故障中とのご指摘をいただきました。失礼しました。そうなると1軍に出場した捕手は、中村悠平、福川将和の2人で、合わせて5試合のみ。相川に強行出場させる圧力は、なおさら高かったことと思われます。

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