NPB通算2017安打のアレックス・ラミレスは、今季BCリーグの群馬でプレーをしていたが、このほど引退を表明した。
代理人が明らかにした。近々引退会見があるとのこと。

NPBの有名選手がキャリアの最後を終える場として独立リーグを選ぶケースが散見される。
独立リーグ関係者の間では、意見が分かれている。
「単なる客寄せは、独立リーグの将来にとってプラスではない」
「若手に良い影響を与える」
いずれにせよ、独立リーグが、NPBの一流クラスがプレーしても良い、と思えるくらいのレベルになってきたのは喜ばしい。

キャリアSTATS

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ベネズエラ生まれ。91年にインディアンスと契約する。17歳。

ルーキー・リーグ、Aではリッチー・セクソンとチームメイト。しかし成績はラミレスの方が上。特にパワーは際立っていたが、なかなかMLBに昇格できなかった。
ラミレスが、当時から四球を殆ど選ばず、打率と出塁率の差がきわめて小さかったことにあると思われる。

契約から8年目の98年に昇格。何度かふれたが、同名のマニー・ラミレスがチームメイト。マニーはドミニカ系。
当時のインディアンスは多士済々。サンディ、ロベルトのアロマー兄弟、ジム・トーミ、オマー・ビスケル、ハロルド・ベインズ、セクソンもほぼ同時期に上がってくる。

こうした顔ぶれの中では、アレックスは目立たなかった。マニーが徹底的にボールを見極めるのと対照的に、早打ちで投手に楽をさせるアレックスの評価は低かった。

2000年にフラッグシップ・ディールでパイレーツに移籍、ここにもアラミス・ラミレスがいた。
パイレーツではほぼレギュラーで使われたが数字を残せず。
守備率は.940台。守備範囲も狭かった。

2001年にヤクルトにやってきた。

ヤクルトには、ロベルト・ペタジーニと言う強打の外国人選手がいた。ラミレスはペタジーニの陰に隠れて目立たなかったが、2003年にペタジーニが巨人に移籍すると、ラミレスはそれを待っていたかのように打ち始め、二冠王。
以後、セリーグ屈指の強打者になる。

そして2008年にはペタジーニの後を追うように巨人に。好調を持続。さらにDeNAで2シーズンを過ごし、外国人初の2000本安打を記録した。

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NPBで成功することができたのは、NPBが「守れない、走れない、歩けない、打つだけ」であっても、ラミレスの長打に大きな魅力を感じたからだ。
NPBはそれだけ長距離打者が稀少だった。また、あまりデータを重視しないNPBの後進性にも助けられたかもしれない。

しかしラミレスが日本社会に深く順応し、日本人を喜ばせようと一生懸命努力したことも大きい。
どこで野球をしようと“外国人”になってしまうラミレスは、苦労人だったのだ。

台湾や韓国でプレーする可能性もあった。その方が金になったと思うが、最後のプレーの場を日本にしたことからもわかるように、ラミレスは日本を第2の故郷にしようとしている。
野球人としてのラミレスは、日本と関わることでしか生きていくことはできない。
彼のセカンドキャリアが幸多かれと願いたい。
そして、順当に野球殿堂入りをしてほしい。

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