山﨑武司が楽天から戦力外通告をされ、42歳で涙ながらに現役続行を表明したのは、10月10日のことだった。現役に対するいろいろな未練があっただろうが、その中に「2000本安打への執着」もあったと思う。
2000本はただの数字に過ぎず、1900本安打の打者と実力的に大差がないとは思う。しかし、恐らくは選手生活引退後の身入りを考えれば、大きな意味がある。

2000本を打つと、全国紙のトップに小さくとも見出しが載る。スポーツ欄では大きな扱いとなり、キャリアSTATSが載ったりする。
引退後の「名球会メンバー」という肩書は、ブレザーをもらえるだけの飾りにすぎないが、講演などの数では、あるとないとでは結構差がつくのではないか。要するにNPB機構内で指導者になる上では、大した意味はないが、解説者としてはぜひともほしい称号だということだ。会社でいえば「部長」で定年になるのと「取締役」で辞めるのとの違い。いずれにしても、野球そのものとはあまり関係はない。

昨日時点での、NPB通算安打数70傑に、100傑以内の現役選手を加えた表。2000本安打達成の「当選」「当確」「微妙」「困難」マークを付けてみた。

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今年の宮本慎也は驚異的だった。統一球の大変化の中、40歳で3割をキープ。青木よりも1分も打率が上なのだ。来年5月中には余裕で2000本安打のテープを切るだろう。稲葉篤紀は、試合前の打撃練習でスタンドにぽんぽん放り込んでいるのを見たが、彼もほぼ同じ時期に達成するだろう。この二人はプロデビューが同期、そして95年から2004年までヤクルトのチームメイトだった。もう忘れてしまいそうだが。

続いて、小久保裕紀も満身創痍ではあるが、来年夏までには達成しそうだ。戦力外になってもおかしくない年齢、成績だが、彼はダイエー、ソフトバンク時代に巨人移籍をめぐって球団に貸しがある。2000本安打は保障されているだろう。
谷繁元信は、数年前まではとても2000本に到達することはないと思われたが、ここへきて勝負強い打撃で存在感を増している。もし2000本を打てば、通算打率.250以下での初めての到達となるはずだ。

ラミレスは、例の人の鶴の一声で残留が決まったようだ。となれば、外国人選手初の2000本安打はほぼ確実だろう。

大村直之は、09年オフに、小笠原道大とともに、2000本安打確実という記事を書いた覚えがある。オリックスで全く衰えを見せず、レギュラーを張っていたからだ。しかし岡田彰布新監督は、ほとんど四球を選ばないイチロー的な打撃の大村を評価せず、完全に干したうえで戦力外にした。今季は浪人、一時期横浜あたりに入団と噂されたが、浪人のままで1年を空費した。
谷佳知は、巨人に移籍したことを後悔しているのではないか。実力は原監督も認めながらも、出場機会には恵まれない。元同僚のイチローよりも1学年上、2000本は難しくなった。
イチローと同期でかつてのライバル、中村紀洋が現役にこだわるのは、2000本安打を達成したいからかもしれない。明らかに力は衰えているが、引退表明をしていない。
ロッテの福浦和也はこの顔触れの中では若いが、チームが大きく変わりつつある中、来季の立場は微妙だ。反対に、めっきり衰えが見えた元三冠王の松中信彦は、休み休み試合に出ているうちに調子が戻ってきた。チームが大切に使っているので、あるいは、という感じがする。

阪神の新井貴浩、中日の荒木雅博は、あと3、4年で到達するのではないか。

この表にならぶ2000本安打未達の現役選手のかなりの数が、名球会をめざして球団を移ったり、現役に固執したりするだろう。悪あがきと言ってしまえば失礼だろうが、実力が落ちたかつての名選手を見るのはつらいものだ。

阪急時代に無類の勝負強さで知られた加藤英司は、2000本にこだわって巨人、南海と渡り歩いた。最晩年の加藤は、スイングが波打っていてバットに球が当たる感じがしなかった。田中幸雄や駒田徳広も最後はつらい感じだった。

野球の記録は、チームが勝利を目指して戦う中で紡ぎだされる。チームの勝利と無縁に記録が独り歩きをするのは、本末転倒だ。このことは肝に銘じておきたい。