高倉健と言えば、着流しにドスを呑んだ任侠姿を思い出すが、同時に野球帽の良く似合う俳優だった。
真っ先に思い出すのが「ミスター・ベースボール」だ。1992年。



フレッド・スケピシというオーストラリアの監督がメガホンを取った。
中日ドラゴンズに強打のメジャーリーガーのジャック・エリオットがやってきて、日米の野球文化、ライフスタイルのギャップに苦労しながらチームに同化していくまでを描いている。
高倉健は中日の監督内山。本塁打記録の持ち主であり、厳格な家父長タイプの指導者。まさに日本、日本の野球を体現している。
エリオットは全体主義的な日本の野球にことごとく反発するが、ある女性と恋仲になり、次第に日本を理解するようになる。
皮肉なことにその女性は、監督内山の娘だった。
図らずも内山のプライベートを知ることになったエリオットは、日本語しかしゃべらない内山が実は英語を介し、話すこともできることを知る。さらに精神論だけでなく、合理的な野球理論の持ち主でもあることを知る。
形式的で不寛容と思われた日本文化が、その内実は柔軟で知的にも優れていることを知って、エリオットはチームに融合していく。

この内山のキャラクターは、星野仙一とイメージが被るが、高倉健以外には考えられないほどの適役だったと言えよう。
お堅くて厳しそうに見えるが、その実優しくてチャーミングな一面を持ち合わせる高倉健の魅力が良く出ていた。
ただこの内山の年齢は50歳前後の想定だったと思われるが、高倉健はすでに62歳。この時期から高倉健は「はるかに年下の人物」を演じるようになる。



もう一つ印象的なのは「居酒屋兆治」。1983年。
函館で居酒屋「兆治」を営む藤野英治をめぐる人間模様を描いた佳作。降旗康男監督。
英治は、高校野球では未来を嘱望されたエース。今は酒場の常連となった岩下(田中邦衛)とバッテリーを組んでいた。
英治は一人の高校球児に目を賭け、商売物の焼き鳥を持って帰らせるなど、何くれとなく面倒を見ている。こうしたシーンでの高倉健の気のかけ方の細やかさ、優しさの表現の深さは素晴らしい。心に沁みとおる感じがした。
この球児も英治と同様肩を痛めて野球を断念する。そのときの労り方も素晴らしく優しい。
野球のエピソードでは、「居酒屋兆治」ではサイドストーリーの一つに過ぎないが、英治が高校球児、しかもエースだったことを念頭に「居酒屋」を見回すと、当時の仲間やファン、支援者などが兆治の周辺に人脈となって取り巻いていたことが分かる。
日本の生活文化の根っこの部分に「高校野球」が深く根付いていることもうかがうことができるのだ。

83歳。亡父と同世代。同じ時代を生きた人にとって「灯台」のような存在だっただろう。
「昭和の野球」の匂いを強くまとったひとでもあった。合掌。

私のサイトにお越しいただき、ありがとうございます。ぜひコメントもお寄せください!




クラシックSTATS鑑賞もご覧ください。
1972年高橋直樹、全登板成績



広尾晃、3冊目の本が出ました。