MLBにとって、NPBは「神秘の宝島」だったはずだ。市場としては大いに魅力があるが、足を踏み入れるには、いろいろな障害があった。
ロサンゼルス五輪で、オリンピックの概念を一変させたピーター・ユベロスがコミッショナーになってから、MLBは劇的な変化を遂げた。MLBは、ユベロスによって大きく改革された。
それは一言で言えば「市場化」ということだろう。

これまでNPB同様、内向きの価値観に凝り固まっていたMLBは、ファンの嗜好の多様化、メディアの大きな変化、北米4大スポーツの他の3つの発展などの前に、苦境に陥っていた。
ユベロスは既得権益を打破し、さまざまなビジネスの権限を各球団からMLBに移管した。そしてMLB、球団、選手、試合の価値を最大限に高めるために、マーケティング的な手法を駆使した。

メディア、ライセンスなどの「ナショナルビジネス」は、MLBが一括して管理し、各球団は「ローカルビジネス」に徹する。
この明確なビジネスモデルによって、MLBはよみがえった。当時NPBとの年俸格差は2~3倍と言われたが、今は10倍近くになっている。それだけ経済規模が拡大したのだ。

市場を拡大し、ファンを増やすためにMLBはエクスパンションを繰り返した。
球団が増えれば選手数も増える。国内の人材が枯渇する。
MLBは、北中米の小国を次々と傘下に収めた。ドミニカ共和国、ベネズエラにはルーキーリーグを設立、米領プエルトリコも人材供給源となった。
すでにプロリーグがあったメキシコは、そのリーグ自体をMLB機構の中に組み入れた。
カナダでの野球人気が退潮ムードになる中、MLBは南進し、植民地化を進めた。

しかし日本は、そうした動きとは無縁だった。MLBは、NPBの人材供給源ではあったが「外国人枠」があった。またNPB出身選手を獲得することもできなかった。あたかも鎖国のようだったのだ。

これを野茂英雄という一人の野球選手が打ち破り、イチローがこれに続くことで、一挙に「開国」が進んだ。

21世紀初頭、MLBには「NPBブーム」が巻き起こったといってよいだろう。

「奴らは、ティーンエージャーの内から凄い競争を勝ち抜いている」
「ものすごい練習で、高度な技術を身に付けている」
「奴らのコントロールを見ろ!」
「なんてたくさんの変化球を投げることができるんだ!」
「バットを魔法の杖のように使う、なんてことだ」

MLBのGMは、NPBのレコードブックを大慌てで見直したはずだ。
そこには10勝投手、3割打者がたくさん並んでいる。彼らはMLBでも同じくらいの成績が期待できる。しかも年俸は、アメリカの数分の一だ。
彼らにはNPBのレコードブックが、バーゲンセールのカタログのように見えただろう。

2006年に始まったWBCで日本が連覇したことも大きかったと思う。

NPBの選手は、ドミニカやベネズエラの選手とは異なり「原石」ではなく「完成品」である。成功する可能性が高い。投資価値が高い。

以後、NPBの主要なスター選手は、MLBに渡るのが通例となった。

NPBの各球団は、入場者数が伸び悩み、放映権料が減少する中で高額の年俸を支払い続けることが困難になっていた。高額年俸の選手をMLBに送り出すことで、経営負担を軽減することができる。
またポスティングシステムによって、莫大な入札金を手にすることもできるようになった。

こういう形でNPBの選手の「上がり」は、MLBになっていった。
これまで「巨人のレギュラーになる」「エースになる」が夢だった野球少年たちは、「メジャーの舞台に上がる」夢を見るようになった。

しかしその「夢」は、わずか10年足らずで覚めようとしている。



以下、続く



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