NPBに対してMLBは徐々に認識を改めた。「必ずしも人材の宝島ではない」ことに気が付くのにさほど時間は要しなかった。
当たり前の話だが、NPBからMLBに移籍しても活躍しない選手はいた。
特に野手は、イチローと2003年に巨人からヤンキースに移籍した松井秀喜を除き、長く活躍する選手はいなかった。とりわけ内野手は守備面でも大きく見劣りがした。
「イチローと松井は特別だったのだ」とMLB関係者は認識を改めた。

「でも、NPBの投手はMLBで通用する」

その観念をくじいたのは、松坂大輔だったと思われる。
NPBを代表するパワーピッチャーであり、まだ20代後半だった松坂は、野茂英雄、イチローに次いで、NPBが送り出す「第三の矢」だったはずだ。
松坂は2年間は期待に応えたが、以後は故障もあって不振続き。ついにはマイナー契約に落ちて来季はNPBに復帰することとなった。

松坂の素質、力量、野球センスに異論を唱える人は少ないだろう。MLBでも松坂の素材そのものは高く評価された。
しかし、MLBで活躍するためには、アメリカの流儀を受け入れなければならない。NPBでの最高の成功者の一人だった松坂は、MLBの鋳型に自らを嵌めることが最後までできなかった。
松坂大輔は、「日米の野球文化の違い」を体現する存在となった。

NPBは、MLBの「下部組織」ではない。培ってきた野球文化や価値観、野球のスタイルは大いに異なる。NPBにはMLBよりも優れた部分はあるが、決定的に劣る部分もある。
特に野手のパフォーマンスは、MLBで通用するレベルではない。
投手も、MLBで通用するのは先発投手と救援投手の一部だけである。

MLBは、NPBの全容を知るとともに過大な期待をしなくなった。
NPBからMLBへ移籍を希望する選手もシビアな目で見るようになった。

ずば抜けたパフォーマンスが期待できないのだとすれば、NPBの選手は、「年を食いすぎている」うえに「年俸のベースが高すぎる」そして「アメリカの流儀に染まらなすぎる」。
MLBは、NPBで本当に価値のある一握りの選手だけを求めるようになった。「ええとこどり」がはっきりしてきたのだ。

経済的な拡大を続けるMLBでは、弊害も見えるようになった。

一つは「拝金主義」。

スコット・ボラスに代表される代理人が暗躍し、選手の年俸は異常なまでに高騰した。10年1億ドルを超える大型契約は、すでにマネーゲームの世界である。
契約をめぐって毎年繰り広げられるネゴシエーションは、スポーツの領域を超えている。
チーム競技である野球では、選手はチームへの忠誠心を誓うことが何よりのモチベーションだったはずだが、複数年の巨大契約を身に負った選手たちは報酬に対して忠誠心を誓うようになった。
こうした風潮が蔓延するとともに、多くのチームは経済規模に合わせて毎年のようにスクラップ&ビルドを繰り返すようになった。

二つ目は「価値観の偏り」

少し前まで「暇人たちの趣味」のように言われていたセイバーメトリクスが、MLBにとりいれられてから、野球の価値観は大きく変貌した。
マネーゲームにおいて金融工学が巨額の金を動かすツールとして利用されたように、大型契約時代のMLBでは、セイバーメトリクスが価値基準になった。
近年、イチローの評価が下落しているのは、セイバーメトリクスでいう「理想の選手像」からイチローが乖離しているからだ。
しかし、爽快なプレーをする選手よりもWARが高い選手の方が上、という価値観は、健全なものとは言えないかもしれない。

三つ目は薬物汚染とTJSの蔓延

「マネーゲーム」の当然の帰結として、選手は無理をしてでも「合格ライン」の成績を上げようとする。
不正薬物の服用は、20世紀終末期、つまり大型契約が広がりだしてから急速に蔓延した。
オリンピックなどに比べてドーピングの意識が低かったMLBでは、薬物を利用する選手の取り締まりは常に後手に回った。
その結果、偉大な成績を残した選手たちが「薬物不正」の汚名にまみれた。
ロジャー・クレメンス、バリー・ボンズ、A-ROD、彼らは数字だけなら「HOF当確」だが、永遠にその栄誉が与えられることはないだろう。

また、投手を中心に「いたんだ肘を取り換える」トミー・ジョン手術(TJS)が、流行している。
過酷な登板、理にかなっていないフォームなどで肘を痛めた投手たちは、いとも簡単に手術を選択する。
トレーニングや正しいフォームの習得で、故障を克服するのではなく、数時間の手術と1年弱のリハビリで復活することができる。
TSJも健全なスポーツの領域を超えたおかしなトレンドだと言えよう。

さまざまな意味で、MLBでは「モラル・ハザード」が進行している。それもこれもプロスポーツがビッグビジネスになったからだ。

黒田博樹は、こうしたMLBの動きを、つぶさに見つめてきた。
自らは、NPBでの土台の上にMLBで新しい技術を身に着け、成功者として渡り歩いてきたが、批判的なまなざしは常に持っていたものと思われる。



以下、続く



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