オールスターゲーム3試合は面白かった。投手は直球オンリー、打者はヒット、本塁打狙い。現代の野球にまとわりついたさまざまな付属品やオプションを取っ払って、基本セットだけにしたようで、いろいろ考えずに見ることができた。中村剛也は「本塁打オタク」ですね。

それから、特に昨日の試合で特に思ったのだが、ダルビッシュを兄貴分とする若い世代に、チームを超えた独特の連帯感があったこと。

日本人は昔から「同窓生」「同期」「同門」など「同」の字のつく横串で突き刺されるのが大好きで、飲み会も、ゴルフも、目刺しのようにつらなって遊びに行くことが多い。
野球界でも68年ドラフト組=星野仙一、山本浩二、田淵幸一、富田勝などが有名だが、少し前の世代は「群れる」ことで、人脈を融通しあったり、コネを作りあうなど実利的なにおいが強かった。

しかし、そういう同期で群れる感覚とは少し異なる、世代意識が生まれてきたように思う。恐らくは“松坂世代”からだろうが、ある時間や機会を共有したことを原点として、お互いがその卓抜した才能を認め合い、より高いステージに「一緒に進もう」という連帯感だ。

ダルビッシュを中心とする世代にも、2歳下の田中将大、その下の中田翔あたりまで含めて、同様の連帯意識が見える。






注目したいのは、世代の横串が、「大学」ではなく「高校」「甲子園」で刺さっていること。
大学を同じくする人々が作る「学閥」は、他大学を排除して自分たちがポストや権益を独占するなど「利権団体」「互助組合」的な性格もあった。そのメリットもあっただろうが、近年はさまざまな組織で成長の阻害要因ともなっていた。大学は違うが、星野仙一が指導者としては疑問符を付けざるを得ない田淵幸一を、どこへ行くのでも帯同しているのは「学閥」と同じ匂いがする。

“松坂世代”以後は、そうではない。高校時代に甲子園やその予選、練習試合などで顔を合わせ(もっと以前から知っている場合も多いが)、互いに「選ばれた才能の持ち主」であることを認めあった仲がグループを作る。そろってプライドが高く、上昇志向が強い。そして、中で一番すごい男が突出した実績を上げる。他のメンバーはその活躍に刺激を受けながら、自分たちの高みを目指していくのである。恐らくは、彼らはメンバーの誰かが行き詰ったとしても、金銭的に面倒をみることはないだろう。プライドがそれを許さないことを、互いに知っているからだ。たまたま同期であるというより「選ばれて同じ場にいた」という意識なのだと思う。

入団当時「Fighters」のスペルが読めなかった中田翔が、今や東北の被災地に配慮したコメントができる。彼をここまで変えたのはダルビッシュだったという。ダル自身も入団時に喫煙で謹慎しているが、今や同世代をけん引する存在になっている。野球の成績だけでなく、人間としても急成長し、オピニオンリーダーになりつつある。もちろん、若くて金持ちの彼らは遊びにおいても旺盛だろうが、コンディションを崩すことはない。ひょっとすると彼らの世代には、誰か指南役がいるのかもしれない。

昨日の主役は、ダルビッシュと田中将大だった。ダルは、テレビの解説者席で、「(田中が)マウンドに穴を掘るのは困る」「緩いカーブを投げるセンスは田中にはない」と笑わせていた。二人はダグアウトでも並んで座っていた。その目の前には、コーチスボックスに立つ坂本勇人の背中が見えていた。田中の少年野球時代のチームメイトだ。そしてマウンドには、斎藤佑樹が上ろうとしていた。ダルと田中は、斎藤が自分たちの“グループ”に入る資格があるかどうかを品定めしているように思えた。彼らの視線の前で、斎藤は素晴らしい投球をした。

彼らは、自分の成績にはこだわりを見せるが、ダルビッシュなどが他の投手に惜しげなく投球術を公開していることを見ても、同時に球界を見はるかす視点も持っているように思う。

仮に、ダルやその他の選手がMLBに行くとしても、松坂世代同様、世代の連帯感はつながると思う。この世代が名実ともに球界を背負う時に、選手会はさらに力を得て、ボトムアップで野球界を進化させてくれるのではないか。そんな「夢」がちらっと頭をよぎった夏の祭典だった。


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