今、来日中のミシェル・オバマ大統領夫人は、二人の娘にそう言ったそうだ。
マリア、サーシャという二人の娘は、母の教えに従って、それぞれ二つのスポーツを選択し、励んでいるそうだ。

ミシェル・オバマは夫のバラク・オバマよりもはるかに下層の階級の生まれだ。
そもそもバラクの血には半分白人の血が流れているが、ミシェルは5代さかのぼると黒人奴隷に行きつく。

シカゴの黒人貧民街「サウスサイド」の労働者階級の家に生まれ、プリンストン大、ハーバード法科大学院へ進み、弁護士に。
そして勤めていた法律事務所にインターンとして現れたバラクと結ばれたのだ。

最下層から這い上がったたたき上げの人物。アメリカの立志伝中の人物によくあるスーパーパーソンだ。
恐らく勉学だけでなく、スポーツも本格的にやったのではないか。

彼女はファーストレディになって、「母であることを最優先したい」と言ったが、「普通の母」ではなく「スーパーマザー」になるということだったのだろう。

二つのスポーツの内、一つは「自分がやりたいスポーツ」、もう一つは「母がやらせようと決めたスポーツ」だそうである。
なぜ、そうするか。
「強制されて始めたものごとを、いかに自分のものにするか。いかに成績を挙げるか、を考えるため」
だそうである。
「好きこそものの上手なれ」と言うが、好きなものなら夢中になれるから、上達も早い。ストレスも少ない。
しかし長い人生には「不本意ながらやらなければならない」こともたくさんある。
ある種の試練だが、そういうときにでも前向きに取り組むことができるようにするための修練なのだろう。
もちろん二人の娘は、スポーツだけでなく、勉強にも励んでいる。その間に、両親と国内各地や外国を訪問しなければならない。目の回るような忙しさだろう。

しかしアメリカではミシェル流は、それほど特別のことではない。
多くのアスリートが高校、大学時代から二つのスポーツを選択し、両方で高い成績を挙げたりする。
「アメフトと野球」の両方でドラフトにかかる選手も珍しくない。
ボー・ジャクソンのように、両方で活躍した選手もいる。
そこまでいかなくても、複数のスポーツを経験したMLB選手はたくさんいる。
そうでない選手を見つける方が難しいかもしれない。

日本ではこんなことは考えられない。スポーツをやる子供は、野球なら野球、サッカーならサッカー、一つのことに打ち込むことになる。
スポーツ選手を目指す子供は、勉強さえ「しなくて良い」となるケースもある。
「専門馬鹿」になることが、一流になることだと信じて疑わないから、ひたすらその道を歩くことになる。
「一芸に秀でた人は、他のことにも秀でている」という見方をする人も多い。
近年は「文武両道」を推進する学校も多いが、それでも「勉強と野球」「勉強とサッカー」であって、「勉強と野球とサッカー」と言う子供は皆無だ。

日本では「一つのことに打ち込む」ことは「精進」であり「道を究めること」であるとされ、尊ばれる。それは多くの場合「一人の師匠」を選ぶことであり、忠誠を誓うことでもある。
そして質・量ともに圧倒的な練習を積むことで、頂点を目指す。

また、小さい頃から人間関係が固定化し、一つの「閥」に組み入れられることも多い。
それが、その人物の価値観や人生観にも大きな影響を及ぼすことも多い。

確かにそういう形で早くに人格を固めることで、大きな成果をあげている側面はあるが、同時にそれが狭量で視野の狭い人間を生み出すことに繋がっていないか、と思いもする。
さらに言えば、そうした硬直化したシステムが、日本スポーツが国際社会で伸び悩んでいる一因ではないかとも思う。

長くなるので二つに分ける。


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