二つのスポーツをやることのメリットとデメリットについて考えてみよう。

スポーツには、それぞれ異なる特色がある。野球にも、バスケットボールにも固有の体の動きがある。スキルの磨き方もそれぞれ異なっている。
しかしそのベースはほぼ共通している。スピード、パワー、反射神経、判断力。
一方のスポーツをすることが、もう一方のスポーツには「何の役にも立たない」ということはまず考えられない。
下半身、体幹の強化など、二つの競技双方にプラスになることは多いだろう。
二つの競技に打ち込むことでアスリート全般に共通する「身体能力」を獲得することが可能になるのではないか。

また一方の競技の練習をしていて、もう一方の競技のヒントになることも多いと思われる。
深くて小さな穴を掘り進むように、一つのスポーツに集中するあまり、周囲が見えなくなることがある。
他の競技をしていたら、気分転換にもなるだろうし、視点を変えることで新しい展開が見いだせることもあろう。
「視野が広がる」という効果が期待できよう。

スポーツの世界では、指導者が選手に絶対的な服従を要求することがある。
日本では特に多いが、まるで軍隊のように選手の全人格を支配し、競技だけでなく生活全般まで言いなりにさせようという指導者もいる。
一部では、マインドコントロールされているケースもあるように思う。
そうなった選手は、目標が定まればすごい力を発揮することもあるが、結果が伴わなかったり、予測不能の事態が起きたりときに、フリーズしたコンピュータのようにストップしてしまうことがある。
自分の意志ではなく、他者の言いなりになって動いている人は、自分で判断しなければならない局面に立たされたときに、機能不全をおこすことがあるのだ。
そういう選手はある程度のレベルで進歩が止まってしまうことも多いと言われる。

最近は「今の子は絶対服従ではいうことを聞かない」と言って諄々と説明をする指導者も増えているが、基本的には指導者が絶対、という関係は不変である。

二つの競技をするということは、少なくとも2人の指導者に接することである。指導者との関係は絶対的なものではなくなる。選手は2人の指導者の指導法や人柄に触れ、それを比較するだろう。
そして相違があれば、その理由を問いただすだろう。
2人の指導者の板挟みになって混乱することもあるかもしれないが、それが「普通のことだ」と理解できれば、それなりに対応することを覚えるだろう、いわば「相対化」できるようになるはずだ。

指導者にとっては、それは歓迎されざることかもしれない。無理篇にゲンコツ、問答無用と服従させることができないのだから。しかし、指導者もそれが普通だと認識すれば、頭ごなしではなく、きちっと説明をし、理解を求めることになるだろう。
二つの競技をすることは、必然的に自分の意志で取捨選択することにつながる。大変ではあろうが、自分で考え自分で選ぶことは、スポーツを抜きにしても重要なことだ。

しかし、二つの競技を選択することは、間違いなくスケジュールが窮屈になることを意味している。
何時から何時まで競技A、その次は競技B、勉強やプライベートも含め忙しい日々を送ることになる。
しかし限られた時間をうまく活用するために、練習時間をやりくりしたり、より効率的なトレーニング法を自ら編み出したりするようになる。練習の集中力もたかまるだろう。

先日、選抜高校野球に選ばれた大阪桐蔭高の練習風景がテレビで流れていたが、この学校は毎日授業が終わった午後3時から夜10時まで練習するのだそうだ。
テレビは「恵まれた環境で思う存分野球に打ち込んでいます」と報じていたが、人間の集中力は7時間も持続できるのだろうか。
時間がたっぷりある分、中だるみになったり、漫然と練習したりすることはないのだろうか。目的意識は持続しているのだろうか。

二つの競技を選択する選手は、少なくとも「時間の大切さ」を身をもって知ることだろう。
先日の松坂大輔のようにいい年をして遅刻して罰金を取られるようなことはなくなるのではないか。

二つの競技を選択する選手が増えれば、「野球閥」「サッカー閥」のような、「象牙の塔」は存立できなくなるだろう。
その業界にしか通用しない慣習や、ヒエラルキーは存在できない。選手たちにとって「その競技」が絶対無二ではなくなるのだから、競争原理が働き、スポーツ界の旧弊な因襲は改善されるのではないか。

また二つの競技をやる選手は、心身ともに自立が促されるから、国際舞台でも力を発揮するのではないか。

こうして考えると、二つの競技を選択することはメリットが多いように思える。

ただしそれは、競技者自らが強い意志を持ち、高い志を抱くことが前提だ。
漫然とスポーツをしているような目的意識の希薄な人間が、二つの競技をやることになれば、すぐに潰れてしまうだろう。

また経済力がなければ、本格的に二つのスポーツを続けることは不可能だろう。
アメリカでは優れたアスリートは複数の奨学金をもらってスポーツを続けているが、経済的背景があることは前提になろう
高い志をもち、十分に能力があり、周囲の理解が得られるのなら、そういう道もあるのではないか。

今、私立高校の多くは「文武両道」をうたっている。少子化が進む中、そうしなければ生徒が確保できないのだ。
さらに差別化を図りたいのならスーパーエリート育成を目的にした「文武武」を売りにする学校が出ても良いのではないか。
蜂が飛んでるみたいだが、「ぶんぶぶ」は一考の余地があるのではないか。



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