昨年、薬物疑惑が囁かれたころ「清原和博」でブログを書くとPVが跳ねあがった。ASKAに続いて野球界の英雄が薬物によってドロップアウトするのか、という衝撃があったからだろう。清原はまだ塀の外にいる。しかし、もはや昔の清原ではない。
昨年3月に糖尿病で入院、薬物疑惑が報道される。清原はメディアを訴えると息巻くが沙汰やみになる。
このころ、上体と腕、足に入れ墨を入れていることが明らかになる。
9月、離婚を発表。

以後は、メディアが清原を敬遠するようになり、急速に露出が減っていく。

パトロンのパチンコ会社の余興で糊口をしのいでいるとの報道。自宅を出て居処を転々としているとも。

今年2月、「アサヒ芸能」でテリー伊藤と対談し、“自決”の文字が頭をよぎった、と打ち明ける。

そして先週、『中居正広の金曜日のスマたちへ』で約1年ぶりにテレビ番組に出演。バッシング報道が過熱したこの1年間「さすがにきつかった」「何もかもやる気がなくなった」と胸中を明かし「自分自身を否定するようになった」「ここまで悪く書かれるならいっそ死んでしまおうと思った」などと話した。また四国遍路を始めたことも話した。

世間はここ1年の清原の言動、報道される事実を目の当たりにしてどのように思っただろうか?
「気の毒だ」「可哀想に」と思っただろうか?

薬物疑惑の真相はわからないが、不摂生や家族への不実、浪費、放蕩、そしてそれに端を発する社会的信頼の喪失、清原を落剝させた原因は、すべて自身にある。
まさに「身から出た錆」である。

清原は高校時代から注目され、プロ入りしても2000本安打を打ったスター選手だった。本人がどう認識していたかは知らないが、社会的影響力のある「公人」である。
こうしたプライベートでの不行状が、プロ野球選手や野球全体のイメージを貶めている。

しかしこのことに対して、清原は謝罪をしていない。
最近の清原の言動を見る限り、彼は自分がやったことについて悪いとは思っていないようだ。反対に自分が「被害者」であることを強調している。加熱する報道によって精神的な苦痛を受けたと言っている。

日本のメディアは重要なことは腰が引けてちゃんと報道しないが、くだらないことはどこまでも追及する。「水に落ちた犬」を叩いてめしを食っている。
それはそうだが、清原は報道されるようなことをしたのも事実だ。

過熱報道を嘆く前に、きっちりと不行状を謝罪すべきだ。

世の中に「死ぬ」「死ぬ」と世間に言いふらして死んだ人間はあまりいない。多くのは同情を集めようとして「自殺」を口にする。
そういう女々しい言葉を、清原和博からは聞きたくない。
「身から出た錆」は、ぐっと身の内に抱え込んで、黙って四国遍路なりどこへなと行けばよいのである。

清原は全身に入れ墨を入れたことで、事実上指導者としての道は閉ざされてしまった。PL学園の指導者になどなれるはずもない。
これは日本球界にとって大きな損失である。
自身の身勝手で落剝するのは勝手だが、彼に期待する多くの人々を失望させたことはしっかりと受け止めるべきだ。

テレビに出始めたということは、清原は今後もメディアに露出して「人気者」として生きていくつもりなのかもしれない。それは良いこととは思えない。意志が弱い人間は浮き草稼業には向かない。

世間に顔をさらす仕事は控えて、地道な人生を歩むべきではないか。


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