11月の「清武の乱」と今回の「朝日の乱」は相似形で推移しているような気がする。
突然火の手が上がり、読売、巨人は火消しに追われるが、その後反転攻勢をかける。しかし、その攻勢は、指弾された内容への正面からの反論ではなく、小さな事実関係をとらえての揚げ足取り的な反論である。このまま11月と同様に推移するとすれば、次は法廷闘争に持ち込まれてフェイドアウトするのではないか。朝日新聞は、そうならないように踏ん張っていただきたいが。

また、長嶋茂雄巨人軍終身名誉監督が、発言をしている点も共通している。

「清武の乱」では「清武氏の言動はあまりにもひどい。戦前、戦後を通じて巨人軍の歴史で このようなことはなかった。解任は妥当だと思います」
「朝日の乱」では「巨人軍はルールを破っていないし、朝日の記事には十数年前の事例も含まれていて、こんな記事が出ること自体おかしな話だ」「(実名を出された)選手の心の傷は簡単には癒えない」

今回の長嶋発言は、ネットで手厳しい批判にさらされているようだ。その批判の声が長嶋氏に届くことはないと思うが、痛々しくて仕方がない。

長嶋氏がグランドを離れれば、すべての事柄について“素人同然”であることは、世間が周知だった。「野球以外に何もできない」こと、「純粋な野球人」であることが、長嶋氏の人気の源泉の一つだった。

だから長嶋氏は監督の座を離れても、巨人軍や野球以外の話には口を挟まなかった。国民的な英雄だから、政治向きの話をすれば大きなインパクトがあったかもしれないが、長嶋氏は1961年に「社会党の天下になれば、プロ野球が出来なくなる」と発言したのを唯一の例外として、この種の話にはほとんど口を挟まなかった。

以後、長嶋氏の発言と言えば「Call me taxi(本人としては「タクシーを呼んでくれ」のつもり、以後長嶋氏はMr.Taxiと呼ばれたという)であり、「サバといえばサカナヘンにブルーですね」だった。罪のない“長嶋語”が世間を賑わわせることこそあれ、シリアスな発言が話題になることはなかった。

巨人軍監督を退いて11年、脳こうそくに倒れて8年、長嶋氏は巨人軍、プロ野球の“象徴的存在”になりつつあった。

ところが昨年11月、長嶋氏は清武英利氏を厳しく批判する声明をだし、今回も朝日新聞を非難する声明をしたのだ。氏が不自由な体をおして会議に出席し、巨人首脳から説明を受けていたこともわかった。

しかし、この発言が長嶋氏の自発的なもの、冷静な判断によるものだと思う人はあまりいないのではないか。読売、巨人側の意向を酌んだものであるのは明らかだ。

読売、巨人は長嶋茂雄という神聖な存在に、自分たちを全面支持する発言をさせることで、相手を“朝敵”にしようとしたのだと思う。

読売、巨人は長嶋一茂氏に高給を支払い続けている。これも長嶋茂雄氏にはプレッシャーになったのではないか。「おい、長嶋にも何か言わせろよ」と渡邊恒雄氏が言ったのではないか。「傀儡」という言葉も浮かんでくる。

これは禁じ手だったはずだ。NPB77年の歴史で長嶋氏を超えるスターはいまだに現れていない。たとえ巨人軍の終身名誉監督であっても、野球界全体に君臨する、不偏不党の存在だったはずだ。だからこそ、他チームのファンも長嶋茂雄を愛したのではないか。

「そうか、長嶋茂雄は読売新聞とグルだったのか」と世間は思ったはずである。そして「何もわからないのに、こんな発言をするとは、長嶋も耄碌したものだ」と思った人も多かったはずだ。

頬はたるみ、杖をつき、不自由な声を絞り出す長嶋氏の発言である。“老残”は正視できないものがある。

たとえどんな肩書がつこうと、長嶋茂雄は“日本プロ野球全体の象徴”だったはずだ。こんな血なまぐさい舞台に長嶋氏を引っ張り出したという一点をもってしても、読売、巨人側には非がある。



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