投手の最高の栄誉はやはりハーラーダービーに勝利することだろう。しかし、以後鳴かず飛ばずという投手も多い。

打者とは異なり、投手の場合、故障のリスクと隣り合わせである。事情はいろいろだ。
勝利数の少ない順で、右端は最多勝年の勝ち星÷キャリア勝利数。現役はグレー地。

-100W


外国人投手はそもそも100勝以上が、郭泰源、郭源治、バッキー、スタンカの4人しかいない。
他の外国人最多勝投手はすべてこの表にすべて含まれる。

日本人投手の内100勝未達の中は
① 現役でこれから勝ち星を伸ばす
② 全盛期にMLBにわたった
③ 戦争によってキャリアが断たれた
ケースが含まれている。
大谷翔平や小川泰弘は、①に当たる。大谷は②になる可能性がある。しかし山井は救援投手の時代が長く、規定投球回数に達したのは最多勝の1年だけだ。
沢村栄治、西村幸生が③のケースだ。

それ以外の投手はいわゆる「一発屋」ということになろう。

すぐに思い浮かぶのは、木田勇だ。ルーキーで22勝、翌年も二けた勝利を挙げるも以後は鳴かず飛ばずで60勝どまりだった。

最も極端な例は、南海の宅和本司。2年連続で最多勝、通算50勝を挙げたが以後はわずか6勝に終わる。

三浦方義は、巨人では「二軍のエース」と言われたが、大映に移籍したとたんに最多勝。巨人と他球団の層の厚さを如実に表したと言われた。

堀本律雄は立教では長嶋の1年先輩。社会人を経て巨人に入団。スターになっていた長嶋を「シゲ」と呼び捨てにして周囲の度肝を抜いた。29勝でいきなり最多勝、新人王。しかし、規定投球回数に達したのは1回だけ。

金城基泰はアンダースロー。3年目に最多勝に輝くが、後に救援投手になる。こういう投手は「一発屋」ではないだろう。

小池秀郎は、ロッテ入団拒否などで世間を騒がしたあげくに近鉄に。4年目に最多勝を取るが、二けた勝利はこの一度だけだった。

投手という商売の儚さを感じるランキングだった。



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