このころになると、清原は甲子園の序盤戦で大暴れをし、準々決勝以降は沈黙するのがパターンになる。この享栄戦が高校生清原のピークだった。


名門享栄高校との対戦。

1984-S01


PLは1回二死から鈴木が右中間に二塁打、ここで清原が先発村田の外角カーブを右前打して先制。
2回は岩田の左翼線二塁打から2点。
3回は1死から四球の鈴木を一塁に置いて清原が外角直球を右翼スタンドに運ぶ。さらに夏から三塁レギュラーになった北口の右中間三塁打などで4点。
清原は四球、死球の後、6回に二番手稲葉から左中間に二本目。

8回の守りで清原は享栄5番川津の一塁ゴロを緩慢な守備で三塁打にし、1点を奪われる。

桑田に「もう1本打ったら許したる」と言われた清原は奮起して、9回二死三塁で稲葉から左中間に3本目を打った。

このころの清原と他の高校球児とは大人と子供の差があったようだ。
チーム1試合4本塁打、個人1試合3本塁打、個人通算4本塁打と、夏の甲子園の新記録が3つ出た。

桑田は大量点に守られ、悠々完投。

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