「巨人の星」と「新巨人の星」の間隔は5年。それほど大きなブランクではなかった。しかしその漫画は大きく異なっていた。

私はその間に小学生から高校生になっていた。この時期の5年間は大きかった。価値観、漫画を見る目も大きく変わった。

話がそれるが、私の世代は「ウルトラQ」「ウルトラマン」「ウルトラセブン」をオンタイムで見ている世代だ。「ウルトラセブン」の放映が終わったのは1968年、「帰ってきたウルトラマン」が始まったのは1971年だったが、私は「帰ってきた」は見る気がしなかった。私自身が成長したからだ。共通点よりも違和感の方が際立っていた。

「新巨人の星」はさらに違和感があった。掲載誌も「少年マガジン」から「週刊読売」になったし、そもそも画が全く違っていた。同じ川崎のぼるなのだが。

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講談社コミック+

確かにみんな5歳年を取った。少年から青年にはなっている。星明子など少女から人妻になっている。それにしてもこのギャップは大きかった。

星飛雄馬、花形満、そして新から出てくるロメオ南条は、みんな似たような二枚目で区別がつかない。
星明子はクラブのママのようだ。おそらく梶原一騎の女性像を反映していたのだろう。
星一徹は「新」では、煙管を使ってタバコを喫っている。ちょっと小金ができて、一徹なりのぜいたくをしてみた、というところか。人相ははるかに悪くなっている。
左門豊作だけがほとんど変わらないのは、ちょっと笑える。

画はさらに細密になり、シャープになった。一言で言えば、「漫画」から「劇画」

梶原一騎はこの間にヒット作を連発しているが、その中に「愛と誠」がある。
野球とは関係のない暴力たっぷりラブストーリーだが、画が格好良かった。すぐに映画化されたが、西城秀樹の誠と役名と同じ早乙女愛の愛は、相当ギャップがあった(今調べて知ったが、早乙女愛は2010年に死んでいる)。
梶原は少年マガジンで大ヒットしたこの漫画のタッチを、川崎のぼるに求めたのではないか。



連載は漫画誌ではなく「週刊読売」だった。完全な大人の雑誌だ。それだけに「大人の漫画=劇画」にモデファイすることを強く意識したのだろう。
花形家、伴家など当時の上流階級のシーンもよく出てくる。大きなカラーテレビ、サイドボードには洋酒がずらっとならんでいる。ゴルフバッグが立てかけてある。同時期の人気小説「華麗なる一族」と同じ世界だ。



伴や牧場や花形は、高級クラブや料亭でよく会っている。ホステスや芸者を侍らして話をするのだ。
私の方は、5年経ったって生活がそれほど変わるわけではない。多少色気づいただけだ。「巨人の星」の世界のあまりの変わりように、私は裏切られたような気がしたものだ。
「新巨人の星」連載開始はかなり大きなニュースだった。「週刊読売」の部数も上がったと思うが、尻切れトンボに終わったのは、「巨人の星」の読者がついてこなかったからだろう。

ただ、今読み返してみると、時代の空気を反映していたとは思う。
1960年代後半と70年代半ばでは、日本人のライフスタイルは劇的に変わっている。
万博、オイルショック、円の自由化と大きな節目を経て、日本は豊かさを享受できるようになった。
野球界でも巨人一辺倒の時代も終わり、他球団からも人気者が出るようになった。「プロ野球ニュース」も「新巨人の星」の連載期間に始まっている。

みんながマイカーを持ち、カラーテレビを見て、かっこいい服装をするようになった。

「新」の終わりの頃には大洋が本拠地をハマスタに移している。左門も「YOKOHAMA」のユニフォームを着ている。
私にとってはあの横浜のユニフォームは「新しい時代」の象徴みたいになっている。



星や花形の容貌の変化もふくめ、「新巨人の星」はこうした空気感を象徴していたように思う。

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