野球はもう1番でなくてもいい、大相撲やゴルフのように「伝統芸能」的なもので良い、仕方がないという意見がしばしばみられる。上から目線だと思う。「伝統芸能」への転換はそんなに甘い話ではない。



「伝統芸能」とは、若者とは無縁で、高齢者や好事家がひっそりと楽しむマイナーなもの、というイメージだろう。
大相撲がその典型だ。
昔は子供から大人までみんなが注目する「ナショナルパスタイム」だったが、今は、高齢者を中心にごく一部が愛好しているに過ぎない。

確かにそれは当たっているが、自然にそうなったわけではない。

昔は大相撲の開催期間中、16時から18時の時間帯、民放は再放送のドラマやアニメを流していた。この時間帯のNHKの大相撲中継の占拠率は圧倒的であり、勝負にならなったからだ。
しかし若貴時代を最後に、大相撲人気は下落する。外国人力士が上位を独占したことも大きかった。

今世紀に入ると、民放各局はこの時間帯にワイドショーやニュース番組などを次々と立ち上げ、昼下がりからの視聴率の流入、そして夕方の番組への流し込みを考えるようになった。大相撲中継は怖い存在ではなくなった。

低落傾向にあった大相撲が世間の信用を決定的に失ったのは言うまでもなく2010年に発覚した「野球賭博」「八百長」事件だ。2011年の春場所は開催中止に追い込まれた。
この二つの事件で処分を受けた力士は大関琴光喜を筆頭に40人、親方も32人に及んだ。
まさに大相撲は存続の危機を迎えたのだ。

しかし、このときに相撲界は第三者委員会を設けて調査を徹底し、処分に大ナタを振るったことで、ここからV字回復を果たし、わずか5年で大相撲は再び人気を取り戻したのだ。強いリーダーシップが働いたのだ。

野球賭博、八百長事件の前には、すでに相撲界は人気を失い、収縮が始まっていた。
本場所だけを見ていると、大相撲は1958年に年6場所に移行してから変わらず興行をしているように見えるが、実際には市場は大幅縮小している。
本場所とともに収益の柱だった「巡業」が激減したからだ。かつては、年に100日以上巡業をしていたが、今は30日程度になっている。

かなり前から、日本相撲協会は、こうした状況に対応して、収益構造を変えてきた。
これまでは、スポンサー(タニマチ)、巡業プロモーターが主たる収益源だったが、ここ20年の間に大相撲の顧客は、一般のファンに置き換わったのだ。

従来は相撲茶屋を通じて上顧客にしか売らなかった升席などのチケットを、一般でも購入できるようにシステムを変えた。ネット販売も開始した。今も相撲茶屋が食事などとセットで升席を販売しているが、メインの顧客はスポンサーではなく一般のファンになっている。

もともと大相撲は、「実際に観戦するスポーツ」ではなかった。
本場所の客席の定員は年間100万人強である。多くのファンにとって大相撲観戦は高根の花だった。
今は、そういう顧客が実際に相撲観戦をするようになっている。大相撲が庶民に「降りてきた」ともいえよう。
仮に昔の大相撲ファンが2000万人いたとして、これが半減したとしても、実際の観戦率が高まれば、本場所の動員率は落ちないのだ。

今、地上波で最も視聴率を稼ぐことのできるスポーツ中継は大相撲になっている。
本場所の千秋楽、優勝決定がかかった日の視聴率は20%を軽く超える。こういう日が少なくとも年間6日間はある。また15%を超える日も年間30日を超える。平均でも10%を超えている。放映時間は、年間180時間以上、ボリュームでもプロ野球を上回りつつある。
巨人戦の視聴率が7%というNPBよりもはるかに人気のあるコンテンツなのだ。

今の大相撲には、セグメンテーションされたロイヤリティの高いファンがいるのだ。

協会自身も、経営改革を進め巡業に頼らないビジネスモデルを構築した。
日本相撲協会はその前身の大日本相撲協会の時代から、堅実な経営で知られてきた。
伝統的に力士上がりの親方の中には、武蔵川國市など、経営手腕に優れた指導者が現れた。また政財界のコネクションが強く、一流の経営者の支援もあった。

今の両国国技館は、日本相撲協会が無借金で建てている。このあたり、プロ野球とは大きな違いだ。
野球賭博、八百長問題のときは、基金を取り崩すなど経営危機を迎えたが、何とか持ちこたえ黒字に転じることができたのも、こうした優秀な経営手腕と強いガバナンスに拠るところが大きい。

「伝統芸能化」とは、マーケティング的に見れば、

セグメンテーションされた明確な顧客に
より専門的で詳細な営業、販促活動を行い
単価は高いが、顧客満足度の高い商品、サービスを販売し、
リピーターを濃密に取り込む


ということになる。

そのためには、組織や興行のダウンサイジングと、経営の健全化が大前提となる。少ない顧客でも成立するようなビジネスモデルに転換しなければならない。
大相撲が短期間で再生できたのは、協会の経営者がこのことを理解し、経営改革を断行することができたからだ。

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現在のNPBは、恐らく大相撲が野球賭博や八百長事件に揺れた時期と同じ地点に立っている。

すでにファン層の収縮が始まっている。
経営的にそれを受け入れ、ダウンサイジングするためには、収益性の健全化を進めなければならない。
しかし、それは容易なことではない。

大相撲の20倍以上の2400万人もの観客を動員しながら、ほとんどの球団が赤字という現状では、これは不可能だ。不健全で不透明な経営が一向に改善されていないのだ。

そのうえに、改革を断行しようにも、プロ野球を統括するNPBにはほとんど権限がない。また有能な経営者もいない。ガバナンスも不在なのだ。

これで「伝統芸能化」できるとは、あまりにも楽観的な意見だ。

「サッカー気質」の若年層が消費の主力になり、ファンの高齢化が進むと、NPBは興行的なボリュームを維持できなくなる。
このときに有効な経営改革が断行できないと、ダウンサイジングではなく、崩壊を迎える日がやってくるだろう。

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1970年堀内恒夫、全登板成績【内容良く防御率4位】

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