「灰色のチーム」と言われた時代の阪急ブレーブスの主力選手。

1927年生まれ。この年生まれのNPB選手は不作で、米川泰夫くらい。MLBではネリー・フォックス、トミー・ラソーダなど。

一宮中、東洋産業から1947年に阪急に。

キャリアSTATS

K-kawai


1947年は一軍出場なし。翌年は途中まで野口明が一塁を守っていたが、9月3日甲子園の大陽戦で、途中から川合が守り、初安打も記録。投手は林直明。9月23日には7番一塁でスタメン起用される。
当時としては比較的長身で、左打者だったことから一塁手として起用された。

足が速くて、1948年11月1日のダブルヘッダー巨人との2試合目では5番一塁として3三塁打を川崎徳次から打つ。しかし打点なしだった。

俊足の一塁手という点では、左右の差はあるが3歳上の飯田徳治に近いかもしれない。
1954年には.315をマークし、ベスト9に選ばれている。守備は堅実で、ゴロの捌きもよかったという。

しかしオールスターには選出されず。
1958年9月25日の西宮球場での西鉄戦で2番一塁で先発し、稲尾和久から1000本安打を記録した。
三番二塁バルボン、投手は米田哲也だった。
データはないが、起用のされ方を見ていると、左投手が苦手だったのではないかと思われる。

一塁手として1016試合に出場、それ以外は1956年に7試合外野を守っただけだった。



1966年小川健太郎、全登板成績【エースとしての働き】



nabibu-Yakyu01
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