サンスポ
中日は20日、落合博満ゼネラルマネジャー(GM、63)が来年1月末で契約満了により退任すると発表した。そのまま退団する。愛知県内の自宅で取材に応じた白井文吾オーナー(88)=中日新聞社会長=は「1年前から決めていたこと」と明かし「一生懸命やったことを誰も評価しないんだから」と無念の表情だった。
そもそもGMという職は、中日にはなかった。落合のためにこの職責を設け、チーム作りをゆだねたのだ。

しかしながら12球団で最も旧弊な中日ドラゴンズでは、GMの役割、機能を理解していたとは思えない。
従来の編成担当と同じようなものだと思っていたのではないか。

「とにかく年俸総額を下げろ、そのうえで勝つようにするのがお前の仕事だ」
という下命があったように思われる。

落合にしてみれば、優勝しながら実質的に更迭された恨みもある。こんどこそ見返してやろうとも思っていただろう。
会社の条件に従いながら、アッというような結果をもたらしてやろうという意気込みもあったはずだ。

契約更改の席上、GMが直々に選手に対面し、大胆なコストカットをして世間を驚かしてみせた。また、井端を放出するなど、自らが育て上げた中日ドラゴンズをスクラップ&ビルドしようとした。

コストをカットしても、俺流でチームを強くすることができる、そういう自信もあったはずだ。
半人前の選手の隠れた能力を引き出し、大胆な選手起用で結果を出す。
新人の獲得でも、世評にとらわれることなく独自色を出していく。

こうした考え方が間違っていたとは思わない。しかし落合GMのよって立つ基盤は脆弱だった。
中日新聞は讀賣新聞のように白井文吾オーナーのワンマン企業ではない。創業家が2つも存在し、勢力争いを続けている。落合を支持するのは85歳を過ぎた白井オーナーだけであり、他は冷ややかだった。

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そうした空気は現場にも入り込んでくる。
落合が采配をゆだねた谷繁元信監督は、能力、手腕はあったと思われるが、落合GMとのコミュニケーション・ロスの挙句解任された。
三冠王落合博満は、若手選手時代はともかく、苦労人とは言えない。細やかなコミュニケーションをとる能力に欠けていたと思われる。GMから頭越しの指示が飛ぶに及んで、谷繁監督の心も離れていったのだろう。

悪い空気が蔓延して、チームは浮上できなかった。
そうなると落合GMの責任論が出てくる。落合の片腕と言われた森繁和監督は、おそらく反落合、反白井派の切り崩しによって誕生したのだろう。
後継監督に既定路線化されていた小笠原道大二軍監督の立場も危ういものだ。

グランド外での陰鬱な乱闘がもとで、中日は崩壊したということだろう。優勝した広島、日本ハムはもちろんのことだが、DeNAやロッテなどと比べても中日のイメージは非常に暗い。

中日新聞社にはプロ野球へのリスペクト、愛情があまり感じられない。野球を政争の具にするような愚かな会社は、球団を手放すべきだと思う。

気がかりなのは、激やせしたと言われる落合博満の健康問題だ。稀有の大打者であり、日本野球に革命をもたらした野球人だけに、今後の成り行きが心配される。


1973年加藤初、全登板成績

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