記録面で見ると、黒田博樹の最後の2年間は、MLBでの経験を十分に活かしたものと言える。

2005年、黒田が30歳からの成績を詳しく比較する。先発の数字のみ。

H-Kuroda20161230


黒田のNPBでのキャリアハイは2005年と2006年だ。2005年は、ERAは良くないが、3000球を投げて被打率は.233。
もともとダルビッシュのように打者を圧倒するタイプではなく、安打を打たれながらもイニングを消化していくタイプだ。この被打率は黒田にしては優秀だった。
2006年は制球力がアップし、ERAが急上昇した。しかし、前年の影響か、登板数は減った。
この2年間は、黒田は先発すれば7回以上、100球以上投げている。
2007年は成績が下落しているが、それでも先発すれば7回、100球近く投げていた。
1イニング当たりの投球数は15を割り込んでいた。勝ち味が早く、効率的に勝負をしていたのだ。

2008年にドジャースに移籍してからの2年間、黒田は長いイニングを投げることが少なくなり、投球数も減っている。
これは、黒田がMLBでの投球を模索する時間だったことを意味する。同時に首脳陣の信頼も厚くなく、早々に下ろされることが多かったのだ。

NPBでの黒田は、4シームを主体とし、スライダーを交える本格派だったが、MLBでは試行錯誤の後に、アメリカでいうシンカー、黒田的には2シームを主体とし、ここにスライダー、スプリッターを交えるタイプに変貌した。
黒田のシンカーは、右打者の足元にきれいに落ちた。スライダーは、左打者の内角にすべった。そしてスプリッターは、すとんと落ちる落差の大きい球だった。

クレイトン・カーシヨウのアドバイスが利いたとされるが、この投球を確立してから、黒田の成績は安定した。いわゆるQSが確実に取れる投手になった。

2010年以降の成績は極めて安定している。毎年3000球を投げ、1試合では6回以上、100球前後を投げる。
1イニング当たりの投球数は15を超え、勝ち味は早いとは言えない。辛抱強く投げて、僅差で打者を抑えるような投球ができるようになったのだ。
MLBでは黒田にはキャリアハイと言える年はない。いつも高いレベルで安定した成績を上げ続けた。

NPBに復帰してからの2年間、IP/GやNP/PA、NP/IPなどの数値は、MLB時代とほとんど変わらない。
黒田はMLB時代と同じように投げたのだと思う。
球種は増えた。カッターやカーブを投げるようになったが、基本的には2シーム主体の投球だった。

ただNPBは、MLBよりも投手の登板間隔が広く、先発数や投球回数、投球数などは2割程度減った。
40歳を過ぎて体力が衰えつつあった黒田にとって、これは天恵のようなものだっただろう。
MLBの中4日のローテーションが相当きつくなっていただろうから、登板間隔が広がったことで、楽になったと感じたはずだ。
また、NPBには超人のようなスラッガーもいない。失投しても失点しないケースも増えていたと思う。

黒田はMLBでは若い投手に投球フォームを伝授することもあったという。正しいフォームで制球力さえつければ、MLBでもNPBでも、通用する投球をすることができる。
黒田の数字はそれを物語っている。

2017年にもう1年現役を続けたとしても、黒田は8勝程度は上げることができただろう。ERAも3点台後半で先発の一角を担うことも可能だったと思う。
しかし、そのことにそれほど重要な意味がなかったのも事実だ。

黒田の見事なSTATSは、ピッチングが完成するとはどういうことなのかを我々に教えてくれているようだ。



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