昭和8年生まれ。当年満84歳。昭和野球史を飾る大選手、名選手がたくさんいる。

誕生日順に並べる。酉年では2番目に多い104人いる。

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早生まれでは、技巧派投手として阪神で活躍した渡辺省三、キューバ出身、日本人に愛されたチコ・バルボン、MLBでも実績のある選手で、ロッテ、阪神で活躍したジョージ・アルトマンがいる。

4月以降では、昭和中期のプロ野球を盛り上げた華やかな顔ぶれが並ぶ。

中西太。パの最強打者であり、西鉄全盛期の4番打者だったが、盛りは短かった。

島原幸雄も西鉄全盛時に先発、救援で活躍した投手。

宮本敏雄は日系二世、長嶋茂雄の前の巨人の4番打者。打点王を獲得した。

穴吹義雄は、壮烈な争奪戦の果てに南海に入団。前評判ほどではなかった感がある。

布施勝巳は、金山勝巳とも名乗った東映の軟投派投手。

土井淳は、明治大学時代からバッテリーを組んだ秋山登(翌1934年の早生まれ)とともに大洋入団。優勝に貢献した。

デーブ・ロバーツは30歳を過ぎてサンケイに入団、王貞治のライバルになった。

吉沢岳男は中日、近鉄の正捕手だったが、引退後、ガス中毒で急死した。

そして吉田義男。名遊撃手、リードオフマン。攻守で活躍した阪神の大スター。

6日後に生まれたのがNPB最多勝の金田正一。金田が吉田義男を大の苦手にしたのも面白い話だ。

三浦方義は、巨人時代は二軍暮らし。大映に移籍して29勝で最多勝。

森下整鎮は、南海の名ユーティリティプレイヤー。盗塁王にも輝く。

石川克彦は中日で21勝した先発投手。

小野正一は、大毎のエース。先発、救援で大活躍。金田と小野は長身、左腕、正一という名前と、共通点が多い。

河合保彦は、中日、西鉄の正捕手。この人も早逝。

備前喜夫は弱かった時代の広島で、長谷川良平に次ぐ投手。旧姓太田垣。

そして佐々木信也、弱小高橋ユニオンズが生んだスター内野手。解説者、プロ野球ニュースキャスターとして一世を風靡。

伊藤芳明は、巨人ローテの一角を担った左腕投手。

殿堂入りは、中西太、吉田義男、金田正一の3人だ。


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