昭和20年、終戦の年の生れ。団塊世代の2年前に生まれた。御年72歳。

誕生日順に並べる。76人いる。

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長谷川一夫は同名の名優がいたことで、永田ラッパの目にとまり、プロ入りがかなった。元投手。代打の切り札に。2013年死去。

島谷金二は中日、阪急で活躍した名三塁手。中距離打者で、鋭い打球を打った。

高井保弘は、代打本塁打記録を持つクラッチヒッター。

高橋直樹は、早稲田、日本鋼管から日本ハムに。美しいサイドスローが印象的だった。

村上公康は西鉄からロッテ。強肩の捕手だった。

昭和40年代、パの打撃部門の覇権を争った強打者大杉勝男、ヤクルトでも主軸として活躍。両リーグ1000本安打を記録。早逝したのはショックだった。

竹之内雅史は死球が多かったスラッガー。西鉄、太平洋から阪神。

ここまでが早生まれ。

ケキッチはスワッピングで話題になった投手。

レジー・スミスはMLBの超大物打者。晩年だったが巨人でも風格あるプレーを見せた。

菅原勝矢は巨人で一時期活躍した投手。

小谷正勝は大洋で中継ぎ投手として活躍。引退後は名投手コーチ。

高橋重行も大洋で長く投げた先発投手。この人も故人。

正垣宏倫は阪急の代打男。

外木場義郎は、3度のノーヒットノーランを記録した広島のエース。

宮本幸信は初優勝の年に阪急から広島に移籍した幸運児。しぶとい中継ぎ投手。

中塚政幸はPL学園から大洋。俊足好打のリードオフマンだった。

三輪田勝利は、早稲田のエースだったがドラ1を蹴って社会人に。その後プロ入り。スカウトになって新垣渚の獲得に失敗し自殺した悲劇の人。

高田繁は明治大学の花形選手。巨人ではV9戦士となる。

戸田善紀はPL学園で中塚と同期。阪急で先発。南海相手にノーヒットノーラン。

和田徹は明星高校時代夏の甲子園優勝捕手。阪神で田淵幸一、南海で野村克也の控えに甘んじる。

小川亨は、近鉄の主軸打者。長打もあったが、三振が極めて少なかった。

東田正義は、西鉄の主軸打者。日本ハムを経て阪神へ。昨年物故。

清俊彦は、近鉄で鈴木啓示に次ぐ先発投手。牽制の名手、福本豊のライバル。

三輪悟は、落ち目になった西鉄の先発、救援投手として奮闘。

谷木恭平は、北海高校時代から名の知れた好打者。大いに期待されたが中日では主として代打。

ボビー・トーランはレッズ時代の1970年盗塁王。南海でも期待されたが、成績は今一つ。

この年代も古希を超え、指導者としてもそろそろ潮時を迎えている。

殿堂入りは大杉勝男、外木場義郎の2人。

1973・74年小林繁、全登板成績【リリーバーとして頭角を現す】

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