昭和44年生まれ。当年48歳。ついこの間まで現役選手だった。最多の116人いる。

誕生日順に並べる。

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早生まれは23人。

川尻哲郎は阪神、近鉄の先発投手。サイドスローで多彩な球を投げた。

水口栄二は、近鉄、オリックスで長く活躍した内野手。バントの名手だった。

野村貴仁は、巨人、オリックス、MLBで活躍、というより最近は清原覚せい剤事件に関連してお騒がせ男となる。

マット・ステアーズは25歳で中日でプレーした後、17年にわたってMLBで活躍した珍しい選手。

白井康勝は日本ハムで、先発、救援で活躍。

小池秀郎は、ドラ1でロッテへの入団を拒否して松下電器へ、その後近鉄に入団した先発投手。

郭李建夫は、阪神時代は負けの多い先発投手だったが、現在は台湾球界を代表する指導者のひとり。

瀬戸輝信は、広島の正捕手として活躍。

中島聡は阪急時代に山田久志、日本ハム時代にダルビッシュ有の球を受けた、引退しらずの長寿捕手。

関川浩一も捕手、珍しく俊足だったが、阪神から中日に移籍後、外野手に転向。

遅生まれは93人。

堀幸一はロッテの主軸打者。長く活躍したが2000本には届かなかった。

高橋建は、広島で先発、救援で活躍。MLBにも1年だけ挑戦した。

久慈照嘉は阪神で新人王、関川とともに中日に移籍した。守備の良い内野手。

金田政彦はオリックス、最初救援だったが先発に転向した。

吉永幸一郎は南海、ダイエーの強打の捕手。のち巨人に移籍。

後藤孝志は巨人、ユーテリティで渋い働きをした。

橋本清はPL学園春夏連覇の立役者の一人。巨人で中継ぎ投手。今は服装が話題の解説者。

諸積兼司はロッテの外野手。明るいキャラクターでファンに愛された。

片岡篤史もPL学園連覇の主力選手。同志社を経て日本ハム、阪神で活躍。

誕生日が3日違いの野村弘樹もPL学園の主力。横浜のエースとして98年の優勝に貢献。

桧山進次郎は、阪神で息の長い活躍をした外野手。晩年は代打の切り札。

亀山努は、短期間だが阪神でアイドル的な人気があった外野手。

山田勝彦も一時期、阪神で正捕手だった。桧山と亀山、山田は誕生日が1日違い。

さらに亀山、山田と誕生日が同じ田口壮は、オリックスを経てMLBでわき役ながら長く活躍した名外野手。

落合英二は中日で中継ぎ投手として活躍。

若田部健一は弱かった時代のダイエーでエースとして奮闘。

芝草宇宙はアイドル的な人気があった。日本ハムで先発、中継ぎで活躍。

マット・フランコはロッテで好成績を残した強打者。のちに「ミッチェルレポート」に名前が載る。

同じ日に生まれたタイロン・ウッズは韓国斗山から横浜、中日で活躍した強打者。本塁打王3回、打点王1回。

これも同じ日生れの立浪和義は、PL学園連覇の中心選手。中日の名内野手として2500安打に迫る安打を量産。

高村祐は近鉄で野茂英雄に次ぐ投手として活躍。

大道典嘉は、南海最後の選手。大きな体でバットを短く持ち、こつこつ当てた。巨人では代打の切り札。

浜名千広は、ダイエーで守備の名手として活躍。

盛田幸妃は横浜、近鉄で主として救援投手として活躍。

町田公二郎は、広島で代打の切り札だった。

殿堂入りはまだない。名球界入りは立浪和義だけ。


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