セイバーメトリクスは、もともと記録ヲタクの歴史家によって考案されたものだ。しかし、これが選手の評価や作戦面に役立つことが明らかになってMLB球団が取り入れるようになった。
誰でも知っているように、その走りはビリー・ビーンGMのオークランド・アスレチックスだった。
観客動員が少なく弱小のアスレチックスが勝ち抜くためには、高額年俸の有名選手ではなく、貢献度は高いがSTATSは大したことがない「隠れ好選手」を掘り出して起用するしかなかった。ビーンはそのためにセイバーを利用し、スコット・ハッテバーグをはじめとする選手を掘り起こし、ペナントレースで成功を収めた。
他球団もこれに従い、これまでの打率、本塁打、打点、勝敗、防御率などとは異なるセイバーメトリクスの新たな指標で選手を獲得するようになった。
セイバーメトリクスは、にわかに脚光を浴び、アナリストたちは球団に雇われるようになる。
以後も様々な指標が考案されたが、なかでもWAR(Wins Above Replacement)は、選手の総合指標として、決定的なものになる。従来の指標とは異なり、打撃、守備、走塁そして投球までもが余さず組み込まれ、これまで不可能だった「スラッガーとスモールボーラー」「本塁打者と守備の名手」「野手と投手」などが、同一の指標で比較できるようになった。

現在はBaseball Referenceと Fangraphsの2社がWARを発表している。この2社は無料で詳細なMLB、MiLBなどのSTATSを公表しているが、MLB各球団がWARを選手評価の指標として重要視していることで信用度が高まり、ビジネスモデルとして成立している。

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かつては「選手評価の指標」だったWARだが、重要度が増すとともに選手の側が「WARが上がるようなパフォーマンス」を目指すようになった。投手の場合WARの指標と従来の投手の徳目にそれほど大きな差はなかったが、野手は四球、長打、守備範囲など、特に重要視される指標があり、それが選手のプレーに影響している可能性がある。
マイク・トラウト、バスター・ポージー、ジョーイ・ボットなど「WAR優等生」の評価が上がる一方で、スモールボーラーや守備の名手が評価されなくなりつつある。

「良い選手はWARが高い」から「WARが高い選手が良い選手」へ、MLBの野球そのものも変化したのだ。
本塁打王や打点王などのタイトルホルダーの評価が必ずしも高くないのは、WARとは違う価値基準での数値だからだ。WARの出現によって「求められる選手像」は変化し、多くの選手のパフォーマンスも変わった。

アメリカでは、ファンタジー・ベースボールと言うシミュレーションゲームが大流行している。このゲームではWARなどセイバー系の指標が使われている。
ファンタジー・ベースボールを楽しむ一般のファンにとってもWARなどセイバー系の数値が重要な指標になっている。そのことがBaseball ReferenceとFangraphsの2社のアクセスを高めているのだが。

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私たちが留意しなければならないのは、WARは、あくまで「業界の数値」だということだ。
WARの良い選手が素晴らしい選手だとは限らない。

向井万起男さんに以前お目にかかったときに、「MLB専門誌に、マイク・トラウトは現代のミッキー・マントルだって書いてあったんだ。冗談じゃないって!」と憤慨しておられたが、素晴らしい選手かどうかは、あくまで見る側の主観であって、WARとは無関係なのだ。

NPBは、メディアがあまりにも勉強不足であり、スポーツ紙やベーマガもいまだに「打率」「打点」「本塁打」「防御率」でしか選手を語っていない。レベルが低すぎてどうしようもないが、だからといってWARを無批判に崇めたてるのも考え物だ。

WARが高くても、感銘を与えない選手もいるだろう。WARとパフォーマンスが一致する選手もいるだろう。
どんなにスポーツの情報化が進んでも、観客の評価は「目の前で行われているプレーそのもの」だということは忘れてはならない。

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