確かにMLBは、これまでもどんどん変化してきた。それは、これまでは「野球の進化」に他ならなかった。しかし今はそうとは言い切れない気がする。
その一例が「WAR」に代表される指標のスタンダード化だ。
守備が良く、足が速く、選球眼が良く、長打がある選手が最も高い「WAR」を得ることができる。それは素晴らしい指標ではあるが、一方で、偏った個性、才能の持ち主はどんどん端っこに追いやられている。
野球は投げる、打つ、守る、走る、選ぶ、盗むなど多面的で多彩な要素で成り立っている。そのすべてが水準以上の選手もいるだろうが、一つに特化した選手もいる。そうした「スペシャリスト」の存在も魅力だったのだが、今のMLBでは「足のスペシャリスト」「守備の名手」などは、ほとんど評価されなくなっている。

一方で若くてWARが高い選手は、過大に評価される。7年以上、100億円を超える大型契約も珍しくない。そんな先まで活躍するかどうかは誰にもわからないはずだが、チームは大型契約によって人気が高まり、収支が合うと判断して契約するのだ。ある意味で契約終了間際の成績低下は織り込み済みだ。

投手でいえば100マイルを超える速球をもっている選手は、他の特性を有する選手とは別次元の評価になる。それだけで大型契約が約束される。トミー・ジョン手術さえも織り込み済みになる。

MLBには一生かかっても使い切れない金を20代で手にする選手が続出している。彼らがそれでもモチベーションを維持し続けることができるかどうか、はなはだ疑問だ。

MLB、そして代理人やブローカー、スカウトは、そうした「金の卵(古臭い表現だが」を求めて鵜の目鷹の目である。
「宝探し」は今や、大学生、高校生ではなく、中学生、それ以下にまで広がっている。
好素材が見つかれば、Perfect Gameなどのスカウトサイトが大々的にそれを宣伝する。
そういう形で、エリート選手は若いうちから選別されている。
アメリカでも野球離れが進む中、一部の親とスカウトによる「宝探し」は過熱している。

そして多くの野球ファンもチームの勝敗よりも、選手のWARの高さを気にするようになっている。ファンタジー・ベースボールの愛好者が多いからだ。

もちろん今も、試合の結果に一喜一憂したり、好プレーに興奮するファンはたくさんいるだろうが、あたかもマネーゲームのように選手を見、評価しているファンも多いのではないか。

そして選手もプレーの喜びや、チームへのロイヤリティではなく、自分の才能をより高く売ることに躍起となっているのではないか。

日本は頑迷で後進的で、野蛮でさえあるが、アメリカで進んでいることは、野球の未来に本当にプラスなのか。
原初の草の臭いのする野球、ベースボールと、本当につながっているのか、大いに疑問に思う。

NPB選手がMLBで通用するためにはアメリカ流のWARを高めるしかない。しかしそれは本当に「野球のためになる」のか、疑問に思う。

あくまで日本のドメスティック人間の感想だが、アメリカは最近、国も経済も、社会も「身もふたもない」ものに変貌しつつある印象がある。MLBもそうではないかと思うのだ。

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