有名なアル―一家の一人。度重なる故障を乗り越えて2000本安打を打った。
1966年7月生まれ。同い年にラリー・ウォーカー、ジェフ・コーナイン、グレッグ・マダックス、トム・グラビン、カート・シリング、ティム・ウェークフィールド、湯上谷 宏、田辺 徳雄、山崎 慎太郎、中根 仁、吉田 豊彦、 野村 謙二郎、湯舟 俊郎、平井 光親、吉田 剛。

父はドミニカ共和国出身の強打者、フェリペ・アル―、ジョージア州アトランタに生まれる。18歳まではバスケットに夢中になるが、カリフォルニア州レッドウッドシティーのカヤダカレッジ時代にスカウトに見いだされ、1986年ドラフト1巡目でピッツバーグ・パイレーツに入団。

フェリペ・アル―  MLB2000本安打列伝 54

キャリアSTATS

M-Alou


1990年にMLBに昇格するが、この年に父が監督に就任したモントリオール・エキスポズにトレードされる。移籍後、足首に深刻な負傷をし、治療に2年を要す。

復帰後目覚ましい活躍を見せ、94年には打率3位、シルバースラッガーを受賞する。オールスターでも活躍するが、1995年に両肩を手術。
1997年にフロリダ・マーリンズにトレードで移籍。ここでも活躍するが、1999年オフに自宅で負傷し、ポストシーズンと翌年を棒に振る。

2002年にシカゴ・カブス、2005年に父が監督を務めるサンフランシスコ・ジャイアンツ、2007年にはニューヨーク・メッツに移籍。

若いころは素晴らしく守備範囲の広い外野手だった。最晩年までコンパクトでシャープな打撃は変わらず。ただ守備の衰えはいかんともし難かったが、ア・リーグにはいかず、ナ・リーグでキャリアを終えた。

引退翌年の2009年WBCには期間限定で現役復帰、2打席立ったが安打は出なかった。

故障を乗り越え、プロ生活は23年に及んだ。


1976年東尾修、全登板成績【チームはどん底ながら、連続2ケタ勝利】

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