イチローには、別れの物語がついて回る。昨日の試合も、多くの人は「惜別」の物語だと感じたはずだ。
MLBでデビューを飾った球場で、恐らくは野球人生の最後から何本目かの本塁打を打った。その本塁打は、試合前のバッティングケージでのイチローがよく見せる、大ヤマを張るような大きなスイングから出たものだ。
イチローはゆっくりとダイアモンドを回って、ホームへと帰っていった。
一塁、二塁、三塁と回るその足取りは、モータースポーツのビクトリーランのようでもあり、花道を引きさがる千両役者のようでもあった。
思い出すのは2012年の夏。イチローはフラッグシップディール期日の直前に、突如記者会見をしてニューヨーク・ヤンキースへの移籍を表明した。
その目は少しうるんでいるように見えたが、何より印象的だったのは、側頭部の髪がすっかり銀色にかわっていたことだ。
当時39歳。その髪色は、苦もなく安打を量産していたように見えるこの大選手の苦悩を象徴しているかのようだった。
そして翌月、真新しい背番号31を背負ったイチローは、セーフコフィールドに帰ってきたのだ。退団、移籍の時には別れを惜しむいとまがなかったシアトルのファンにとって、この日のピンストライプをまとったイチローは「彼岸の人」のようだった。失ったもののかけがえのなさ、無常を感じたファンも多かっただろう。
イチローは「31」を観客に見せながら、ゆっくりとライトの守備位置に走って行き、定位置につくと、帽子を取って観客に一礼した。あるいは、そのときにイチローのシルバーグレーに初めて気が付いたファンもいたかもしれない。
派手なパフォーマンスはなかったが、いくばくかの後悔と謝意が混じったその挨拶は、深く見る人の心を打った。
その年の暮れに、NHKはイチローの密着ドキュメントを放映した。東海岸に去るために引っ越しの手配を終えた夜、イチローは愛車を駆ってゆっくりとセーフコフィールドを一周し、11年半の思い出に別れを告げたのだ。
イチローの別れのシーンが美しくて、深く心に残るのは、彼が「孤独」だからだ。
彼は仲間と大騒ぎをして別れを惜しんだりしない。大げさに嘆き悲しみもしない。いつも一人でさまざまな感情を受け止め、静かに出所進退を決してきた。
チームにおいて傑出した存在でありながら、仲間と交わらず、ストイックなまでに自分の流儀を通す。味方によっては凄絶な、その生き方が彼の精神と肉体を彫琢したのだ。
イチローは「孤独」だ。しかしそれは彼が望んでそうしたのであり、それ以外に選択肢はなかった。だから「寂しそう」ではない。そして、ただ孤独なだけでなく、美しい。「孤高」とはまさに今のイチローのような姿を言うのだろう。
こういうたたずまいの選手は、今までいなかった。ただ打席に立つだけで、守備に就くだけで、常になにがしかの感慨を抱かせるような野球選手はいなかった。
今年はいよいよかなと思う。いずれにせよ、もうすぐその姿は、緑のフィールドから消えるだろう。私たちは「孤高」の意味を教えてくれた名選手と同じ時間を過ごしたことを幸せだと思わなければならない。
先発投手の白星がついたのは何試合目?
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一塁、二塁、三塁と回るその足取りは、モータースポーツのビクトリーランのようでもあり、花道を引きさがる千両役者のようでもあった。
思い出すのは2012年の夏。イチローはフラッグシップディール期日の直前に、突如記者会見をしてニューヨーク・ヤンキースへの移籍を表明した。
その目は少しうるんでいるように見えたが、何より印象的だったのは、側頭部の髪がすっかり銀色にかわっていたことだ。
当時39歳。その髪色は、苦もなく安打を量産していたように見えるこの大選手の苦悩を象徴しているかのようだった。
そして翌月、真新しい背番号31を背負ったイチローは、セーフコフィールドに帰ってきたのだ。退団、移籍の時には別れを惜しむいとまがなかったシアトルのファンにとって、この日のピンストライプをまとったイチローは「彼岸の人」のようだった。失ったもののかけがえのなさ、無常を感じたファンも多かっただろう。
イチローは「31」を観客に見せながら、ゆっくりとライトの守備位置に走って行き、定位置につくと、帽子を取って観客に一礼した。あるいは、そのときにイチローのシルバーグレーに初めて気が付いたファンもいたかもしれない。
派手なパフォーマンスはなかったが、いくばくかの後悔と謝意が混じったその挨拶は、深く見る人の心を打った。
その年の暮れに、NHKはイチローの密着ドキュメントを放映した。東海岸に去るために引っ越しの手配を終えた夜、イチローは愛車を駆ってゆっくりとセーフコフィールドを一周し、11年半の思い出に別れを告げたのだ。
イチローの別れのシーンが美しくて、深く心に残るのは、彼が「孤独」だからだ。
彼は仲間と大騒ぎをして別れを惜しんだりしない。大げさに嘆き悲しみもしない。いつも一人でさまざまな感情を受け止め、静かに出所進退を決してきた。
チームにおいて傑出した存在でありながら、仲間と交わらず、ストイックなまでに自分の流儀を通す。味方によっては凄絶な、その生き方が彼の精神と肉体を彫琢したのだ。
イチローは「孤独」だ。しかしそれは彼が望んでそうしたのであり、それ以外に選択肢はなかった。だから「寂しそう」ではない。そして、ただ孤独なだけでなく、美しい。「孤高」とはまさに今のイチローのような姿を言うのだろう。
こういうたたずまいの選手は、今までいなかった。ただ打席に立つだけで、守備に就くだけで、常になにがしかの感慨を抱かせるような野球選手はいなかった。
今年はいよいよかなと思う。いずれにせよ、もうすぐその姿は、緑のフィールドから消えるだろう。私たちは「孤高」の意味を教えてくれた名選手と同じ時間を過ごしたことを幸せだと思わなければならない。
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