外野守備の名手、つなぎよし、打ってよしの、使い勝手の良い選手だった。
1944年1月生まれ。同年早生まれに、飯島 秀雄 、松原 誠、高畠 導宏、柴田 勲 、長池 徳士、島野 育夫 、MLBではラスティ・スタウブ、グレッグ・ネトルズ、ジョージ・スコット、スティーブ・カールトン、トム・シーバー、ジョー・ニークロ、スパーキー・ライル。

長崎海星高校から1962年、大毎オリオンズに入団。

I-Ikebe


投手として入団。
1962年9月2日、平和台球場の西鉄戦に6回裏に5番手で登板、3回無失点。勝敗つかず。投手としてはこの1試合だけ。

翌年、三塁手に転向し、1963年9月8日、日生球場の近鉄戦に7番・三塁手で先発出場し、4回表に徳久利明から適時打。

さらに1964年には外野手に転向。足が速く、肩もよかった。外野守備の名手として鳴らす。

打者としては、中距離ヒッターで、ライナー性の打球を飛ばした。さらに犠打も得意だった。

1967年ふたたび三塁手となるが、翌年また外野手に復帰。当初は2番や下位打線が多かったが、次第に中軸を任されるようになる。
有藤通世、山﨑裕之に次ぐ、ロッテの3番目の顔と言う印象だ。

1975年、大型トレードで阪神へ。ここでも主力選手。1977年4月30日川崎球場の大洋戦では、捕手が負傷し一度も守ったことがない捕手を守る。空振りした球を受けるときに下を向いたりしていたが、無難に守りおおせた。この画像、プロ野球ニュースで何度も出た。

引退後は関西で解説者。複数の球団で打撃コーチを歴任。
どんないきさつだったか忘れたが、OBCの解説者時代に、私は池辺と故笑福亭松喬(当時鶴三)と3人で、梅田でお茶をしたことがある。何を話したかは忘れた。


先発投手の白星がついたのは何試合目?

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