大洋のホットコーナーを守った。懐かしく思う人も多いのではないか。

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朝紹介したケン・ボイヤーの弟。彼も三塁を守った。

C-Boyer


兄のケンよりほっそりしていた。
アルバミズーリ高校を出て、カンザスシティ・アスレチックスに。

その資質はずば抜けていたため、マイナーを経ずにいきなりメジャーデビュー。高校卒業5日後の1955年6月5日に、代走で登場。彼がひっこんだあと、救援投手として打順に入ったのは、長兄のクロイド・ボイヤーだった。

56年はメジャーで過ごしたが、57年のシーズン中にヤンキースに譲渡される。ヤンキースではマイナーから学びなおすが、頭角を現し1961年には三塁のレギュラーに。

強肩で守備範囲が広い上にゴロさばきが抜群。ミッキー・マントルとロジャー・マリスが君臨する最強軍団ヤンキースのわき役として活躍。
ただ、打撃は確実性が低く、兄よりもかなり劣った。

1966年ナ・リーグのアトランタ・ブレーブスに移籍し、兄と同じゴールドグラブを獲得。

1971年はハワイでプレーしていたが、ジョン・シピンとともに牛込惟浩スカウトの目に留まって大洋に。
盛りは過ぎていたが、三塁守備は抜群。

1973年はダイアモンドグラブを長嶋茂雄と分け合ったが、守備力の差は歴然。1974年は単独受賞した。

大洋、そしてMLBでは内野守備コーチとして活躍。山下大輔からデレク・ジーターまで恩師と慕う野球人は多数。

2007年に死去。

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