カナダ人最強打者。トッド・ヘルトンとともにコロラド・ロッキーズの本拠、クアーズフィールドの"超ヒッターズパーク"を世に知らしめたスラッガー。

1966年12月生まれ。同い年にモーゼス・アル―、ジェフ・コーナイン、グレッグ・マダックス、トム・グラビン、カート・シリング、ティム・ウェークフィールド、日本では野村謙二郎、吉田豊彦、湯船敏郎、平井光親。

メープルリッジ高からモントリオール・エキスポズへ。

キャリアSTATS

L-Walker


マイナー時代からずば抜けた長打で頭角を現し、1989年にMLBに昇格。
翌90年には19本塁打。三振が多く、荒っぽい打者だが、とにかく本塁打が魅力。

次第に確実性が増し、チャンスに強く、走攻守に傑出した5ツールプレイヤーになる。92年にはシルバースラッガーとゴールドグラブ。

94年オフにFAになり、争奪戦を経てコロラド・ロッキーズに。
移籍の年に開場した、圧倒的に打者有利なクアーズフィールドで、彼の打撃は爆発する。
97年に49本塁打で本塁打王。この年はホームで20本、アウェイで29本。しかし打率はホーム.386、アウェイ.346。本塁打も増えたが、それ以上にホームでは安打が激増。この年MVPに輝く。
97年から5年で4度の.350以上を記録。

打点も荒稼ぎし、リーグ最強打者の座をバリー・ボンズと争った。

確かにこの時期のナ・リーグは打高だったが、ウォーカーの打棒は際立っていた。

2004年7月1日にカナダ人初の2000本安打。8月にカーディナルスに移籍、プホルズと中軸を打つが、椎間板ヘルニアが悪化し2005年に引退した。

WBCカナダ代表コーチとしておなじみだ。

カナダの野球殿堂入りを果たしているが、MLBの殿堂入り投票では2011年から20%前後の得票率にとどまっている。クアーズフィールドでの全盛期の記録が割り引かれている印象がある。


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衣笠祥雄、全本塁打一覧(前編・1965~1974)|本塁打大全

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