先月末、新潟県でBCリーグや、アルビレックス新潟BCの人に話を聞いていた時に、ハードオフスタジアムで「MIKITO AED PROJECT」のアナウンスがあった。私は「続けているんだ!」とじーんときてしまった。
2006年夏、BCリーグは、多難な状況の中、船出をしようとしていた。

様々な案件が山積する。そもそも4球団でスタートできるかどうかもおぼつかない、石川球団の設立が暗礁に乗り上げてしまっている。頭を抱える運営会社の村山哲二社長のもとに、新聞社を経由して1枚のはがきが届くのだ。

水島樹人君は、当時9歳、野球が大好きで、地元新潟県糸魚川市の「大和川まりんファイターズ」でプレーしていた。この年の7月9日、試合前のランニング中に心臓発作を起こし、病院に搬送されるが帰らぬ人になる。
母親は悲嘆にくれたが、葬式の後、新潟にプロ野球ができることを知り「新潟にはサッカーもバスケットボールもあるのに、なんで野球はないんだろう」と言っていた樹人君の気持ちを伝えたいと、励ましのはがきを送ったのだ。

村山さんは感動して、長野、富山の球団設立準備室にもファクシミリを送信。
球団設立に向けて、様々な課題に直面して苦戦していた設立担当者たちはみんな号泣したという。

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関係者たちは、自分たちが始めようとしている事業が、どれほど有意義なものか、再認識した。9歳の野球少年の「志」が、関係者の背中を押し、BCリーグ設立に最後の一力を与えたと言っても良いのではないか。

水島樹人君の遺志は、リーグ全体でAEDの普及を推進する「MIKITO AED PROJECT」へとつながっていく。

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私は村山さんとはこの話をしなかったけれど、営利目的だけでなく、そういう「志」を持った人たちによってリーグが運営されていることに、敬意を抱いていた。

BCリーグだけでなく、四国アイランドリーグplusもそうだが、独立リーグを立ち上げるためには「一旗揚げてやろう」という功名心だけではなく、「誰かの役に立とう」「一緒に未来を目指そう」という「志」が必要だ。それがなければ、こんな多難な事業は継続できない。

「大和川まりんファイターズ」は部員不足のため2015年にいったん解散したが、昨年復活したという。

樹人君は生きていれば今年20歳、大学で野球をしていたか、ひょっとしたら独立リーグの門をたたいていたかもしれない。

11年を経てその「志」が色あせることなく息づいていることに感銘を受けた。
この気持ちがある限り、将来は明るいのではないか。


7人の打者 vs 23人の張本勲 |バットマンレース・スピンオフ/a>

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