今、高校、大学野球の書籍を読み込んでいる。暗然とするのは、野球部の寮生活の異様さだ。
かつてのPL学園の野球部寮は、刑務所を想起させる施設だったという。
上級生と下級生が同じ部屋で生活するが、下級生は室内では正座か蹲踞だけ。膝を崩すことはできない。洗濯、入浴、夜食、上級生の身の回りの世話は、すべて下級生がやる。自分の洗濯などは上級生のものをすべてすませてからやる。二段式のベッドにはカーテンがあるが、10時半の消灯時間まで、下級生は閉めることはできない。プライバシーはないのだ。
1年生は女性は話しかけることはもちろん、見てもいけない。その上で、鉄拳制裁はあたりまえ。

こういう環境で、野球漬けの生活を送っていた。

大学の野球部もほぼ同じだ。
上級生と下級生は同じ部屋に生活し、下級生は絶対服従を強いられる。酒、煙草が許される分、下級生への圧力はさらに大きくなる。
名球会入りした大選手の中には、いまだに椅子に背筋を伸ばして座ることができない人がいる。大学時代にバットで殴られて、尾骨を損傷し、神経がむき出しになっているからだ。

落合博満のように大学野球部の理不尽さに耐えかねて退部した人もいる。

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野球選手たちは、「野球部の寮」という密室でなければ、障害致傷、人権侵害に問われてもおかしくないような生活をしてきた。
野球界の多くの関係者は、それが違法だとも、おかしいとも思わなかった。
そして、なぜかそうしなければ「野球に勝つことはできない」と思ってきた。

この異様な歴史は、おそらく軍隊の系譜をひいていると思われる。
戦前の軍隊の論理やルールは戦後、完全に否定されたはずだが、野球界(とおそらくは高校、大学の体育会系)には、ずっと温存されてきた。

そういう環境で野球をしてきた。周囲には「あんだけ我慢するとは偉いもんだ」と褒める人もいたし、「あそこまでやるから勝てるんだ」という人もいたが、率直に言って、私はどんなに才能や体力があっても、そういう環境には絶対に行きたくないし、子供や親族をそういう境遇に預けたいとも思わない。
端的に言えば「狂気」だと思う。

こうした「狂気」と「野球」は、本来何の関係もない。野球寮は、指導者が自分の指導体制を絶対的なものにするために作り上げた「猿山」であり、私設の牢獄だと言ってよいだろう。

そうしなければ「礼儀作法」も「生活習慣」も、実につかないというが、人間はそんなに馬鹿ではない。牛や馬のように叩かれ、恫喝されないと正しい生活が身に着かないほど、日本人は文化、生活水準が低くはない。

名門の高校、野球部の中には、こうした体制を見直し、ずいぶんまともになっているものがある。慶應義塾高校などは、野球部員がごく普通の高校生活を送りながら野球に励んでいる。

しかし新興の高校、大学の中には、古株の指導者を迎えて旧態然とした指導で実績を伸ばしている学校もある。
もちろん、それでも昔に比べればましになっているとは思うが、おぞましい「野球寮」は少しマシになって存続している。

昔にさかのぼってそれを否定する必要はないと思うが、野球界は「厳しい上下関係」「人権的に問題がある指導」「プライバシーの侵害」などを厳しく禁止する必要がある。

そうしないと野球を知らない一般の人が、この世界に入って来なくなるだろう。

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