ベーブ・ルースの時代に、名人芸的な好守好打で鳴らした名内野手。
1898年10月生まれ。同い年にビル・テリー、パイ・トレーナー、キキ・カイラー、チャーリー・グリム、ジョージ・アール。日本では久慈 次郎。

1920年、アラバマ大からニューオルリンズに入団。この年9月にインディアンスに譲渡される。

キャリアSTATS

J-Sewell


翌年には死球で死亡したレイ・チャプマンの後釜としてインディアンスの遊撃手になり、早くも3割をマーク。
この年から不動の正遊撃手となる。

ミートが非常に巧みで、史上最高のコンタクトヒッターと言われる。
今となっては信じられないが、14年間のキャリアでバットを1本しか使わなかったという。つまり、試合で1本もバットを折らなかったのだ。愛用のバットを、スウェルは毎日手入れをしていた。
マークの焼き印の位置にボールを当てるのが、バットを折らないコツだという。
それはそのままミート打法の秘訣でもあった。

長打は少なかったが14年間で3割を9回も記録した。

インディアンス時代に、1103試合連続試合出場を記録。遊撃手としても守備範囲が広く優秀だった。

1929年、30歳の年に三塁にコンバートされる。

1931年1月にヤンキースに移籍。ルース、ゲーリッグ、ラゼリらスター選手の一員となる。

以後も正三塁手として活躍するが、1934年1月にヤンキースをリリースされ、引退する。

引退後はマイナーリーグのコーチなどを勤める。

1977年にベテランズ委員会から殿堂入り。79歳、存命中だったのは幸いだった。

3歳下の弟、ルーク・スウェルは、インディアンスなどで20年間捕手としてプレーし、
1630試合5383打数1393安打20本698打点66盗塁 打率.259
8歳下の弟、トミー・スウェルはマイナーでは内野手。MLBでは1度だけカブスで打席に立ち、凡退。
9歳下の従兄、リップ・スウェルは、左腕投手。パイレーツなどで13年間投げ、
390試合143勝97敗2119.1回636奪三振 防御率3.48
1943年に21勝で最多勝、オールスターにも3度選ばれている。



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