私立高校は、どんどん特化している。「進学」「スポーツ」「音楽」「アート」、設備を整え、教育体制を充実している。
昔は公立とさして変わらない私学もあったが、近年、次々と体制を変え、校名を改めている。
野球の強豪、履正社高校はかつて福島商業と言い、商人を輩出する商業高校だったが、今では「進学」「スポーツ」が二本柱になっている。

そういう改革ができなかった学校は、廃校に追い込まれたり、大学の系列校になったりする。

少子化が急激に進む中で、私学に通う学費を出せる家の子どもを獲得するために、特化しているのだ。
中高一貫校など中学段階からの囲い込みも進んでいる。

私学の高校野球が「プロ部活」化するのは、そういう過程で進行している。生き残りのための選択肢なのだ。

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一方、公立高校も大きく変貌している。
国はスーパーサイエンスハイスクール(SSH)など、重点的に予算を投下する公立高校を選別している(SSHには私学もあるが、ほどんどが公立)。
また名門校の中には、OBの寄付や企業との連携など私学並みに教育環境を充実させている学校もある。
勉強だけでなく、スポーツ、文科系部活を充実させる学校も多い。
意欲的な校長が引っ張るそういう学校は、私学に劣らない前向きな姿勢が感じられる。

この春に21世紀枠で甲子園に出た岩手県立不来方高校などはその典型だ。野球部は10人しかいないが、カヌーや音楽系部活では全国的な実績がある。ドイツなどへ演奏旅行をしていたりする。
そういう公立高校は、私学並みに金がかかる場合もある。

そうした公立校の下に、同じ公立でも、予算がなく、施設や環境、教育体制を充実させることができない多くの高校が存在している。

最下層は「底辺校」と言われるが、その境目は明確ではなく、グラデーションのようにすそ野が広がっている。

こういう学校では「卒業すること」が目標になっていて、部活は二の次だ。野球部でも、9人そろえばまだいい方で、連合チームを組む学校も出ている。
とにかく、予算がない。指導者の中には、自分で建機を動かして練習場を作ったり、トレーニング機器を自作したりする人もいる。
しかし、そういう高校が、甲子園に行くことはない。またどんなに努力をしても「21世紀枠」に選ばれることもない。

高校野球は「格差社会」の縮図になっているのだ。

高野連はグラブやスパイクの色、メーカーエンブレムなどの小うるさい規制を設けている。
しかし、高価な用具や練習機器、練習環境などには、何の規制もしていない。「金持ちの学校が強くなること」「貧乏な子供は野球をする機会さえ奪われつつあること」に、何の懸念も示していない。

高校野球が「教育の一環」だというのなら、「機会均等」が失われ、不公平が拡がっていることを問題視して、何らかの対策を立てるべきだろう。

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2004年岩瀬仁紀、全登板成績


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