昨日、NHKで『1942年のプレイボール』というドラマが放映された。野口4兄弟の戦時中の姿を描いたものだ。
このドラマの時代考証には、私の飲み友達で「昭和20年代野球倶楽部」の会友でもある南部正広さんが参加している。
先月お目にかかったときに「見てね」と言われた。映像が美しかった。

ここで野口4兄弟のキャリアSTATSを紹介しておく。

長男、野口明

A-Noguchi-H


A-Noguchi-P


中京商から明治大を中退、中京時代に夏の甲子園で、明石中との延長25回の最長試合に捕手として出場、プロでは延長28回の最澄試合を投手として投げぬく。
二刀流で投手最多勝、野手で打点王を取っている。

次男、野口二郎

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J-Noguchi-P


中京商では春夏優勝投手。法政大を中退。兄をしのぐ抜群のスタミナで、戦前、スタルヒンと並ぶ大活躍。
戦後は阪急の中軸打者として活躍。200勝と800本安打を記録した唯一の選手。1989年殿堂入り。

3男、野口昇

N-Noguchi


中京商から阪神へ。応召中の藤村冨美男に代わって三塁を守るが、1943年応召し、戦死。
4兄弟中唯一、戦後を知らず。投手成績がないのも昇だけ。

4男、野口渉

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W-Noguchi-P


中京商から近畿軍(南海)に入団、戦後も同じチーム(グレートリングと改称)でプレーするが、1947年国民リーグの宇高レッドソックスに入団。解散後野球から足を洗う。没年不明。
規定打席に達したことがないのは渉だけ。

上の二人は戦争でキャリアをずたずたにされたが戦後も野球をすることができた。

三男の昇は戦争で命を落とした。無駄死にである。四男の渉は体も小さく、才能では兄3人に及ばなかったようだ。

同時期に野口正明という飯塚商出身の二刀流の選手がいたが、4兄弟とは関係がない。



2004年岩瀬仁紀、全登板成績


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