「報道ステーション」で、推理作家の西村京太郎氏が、日本人がその国民性からして「死ねばいいんじゃないか」と考えてしまうため、戦争に根本的に向いていない」と断言した。これがなかなか示唆に富む。

西村氏は1930年生まれ、86歳だ。終戦時には15歳、陸軍幼年学校の最後の生徒だった。
周囲では「お国のために死ぬ」人がたくさんいただろうが、日本人の「死ぬ」ことですべてを決算してしまおうという思想、あるいは美学が、周到な準備を怠らせ、ひいては敗戦につながったという意識を持ったのだろう。
片道燃料での「特攻」、軽量化のため防弾を極力削った戦闘機「ゼロ戦」など、日本の軍事は「死ぬこと」を厭わない思想に立脚している。このことが、兵士の激甚な消耗を招いた。

「葉隠」には「武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり」という言葉もある。
江戸時代から、武士階級は何かあれば「腹を切れば済む」という気持ちがあった。一個の人間にとって最も大事な「命」を差し出すことで、諸事、問題を全部「なし」にする。「潔い覚悟」ではあるが、同時に「無責任」ともいえる。どんなことをしても、腹を切れば、追及されることはない。これが姿を変えて「お国のために死ぬ」という思想につながったのだ。

戦争でもスポーツでもそうだが、勝負事には常に「勝ち」「負け」の2つの結果がある。本来なら「勝ちパターン」「負けパターン」を想定して、善後策をたてるべきだが、往々にして日本人は勝ちパターンだけを想定し、「負ければ死ねばいい」という意識を持ちがちだ。その短絡性が、安易な計画立案につながり、日本を焦土にしたということだろう。

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甲子園の高校野球は、こうした美意識をいまだに色濃く持っている。そもそもリーグ戦のスポーツとして発展してきた野球を一戦必勝のトーナメントにしたのも日本独自の考えだ。
「負ければ終わり」という潔さが日本人に受けたのだろうが、このトーナメントというシステムが「最後は死ねばいい」的な、日本野球の根源になったということもできよう。

高野連の八田会長は「甲子園で燃え尽きたい選手もいる」と言った。愛媛済美の故上甲監督も、「甲子園は、心身の限界まで投げる場所、球数制限は似合わない」といった。こうした「完全燃焼」志望も「最後は死ねばいい」という日本独特の美学と通じるものがある。

甲子園の「残酷ショー」は「死ぬこと、燃え尽きるですべてが終わる」ことをカタルシス、美学と考える日本人の美意識に沿った考えなのだろう。
野球だけでなく、日本のスポーツはこういう色合いが強い。オリンピックにすべてをささげるアスリートも同様だ。

本当は、甲子園が終わってからも、オリンピックが終わってからも選手の人生は続くのだ。そして本来は、生きている限りスポーツとのかかわりは続くべきものなのだ。

高校野球が、「死ぬこと」を美しいと考える日本古来の美意識に根差しているとすれば、その改革は想像以上に難しい。
大げさに言えば、日本人全体の意識改革が進まないと、本当の改革はできないかもしれない。



2004年岩瀬仁紀、全登板成績


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