朝のブログで紹介した通り、昨日はメットライフドームで「野球離れ」について話をした。そのあとで、各メディアの囲み取材も受けた。
一般紙もあれば、ネットメディアもあった。数社ではあったが質問に答えた。
「高校野球が何をすべきか」と聞かれ、反射的に「高野連に問題がある」と言ってしまった。
私はどこにも属していないから、自分の意見を言ってもよいと思うが、おそらくどのメディアもそのまま取り上げることはないだろう。

昨日取り上げた、前橋育英の飯島大夢の骨折をめぐる報道。ご指摘があったように全紙、全メディアが「怪我を押しての殊勲」を称える論調だった。

手首を骨折していても本塁打 前橋育英、信頼応えた4番 朝日

前橋育英・飯島、左手首骨折もなんの1発含む3安打 日刊スポーツ

前橋育英・飯島“男気弾”!5月に左手首骨折、志願の強行出場 報知

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批判する意見は、山本一郎氏をはじめ、個人意見が多かった。またネットメディアばかりだった。議論が起こっている。

前橋育英 甲子園 メンバーの飯島大夢が骨折も強行出場はあり?なし 日刊トレンドニュース.コム

前橋育英の飯島大夢の骨折本塁打に非難コメント続出! | 楽天市場


しかし、新聞、テレビなどのメディアはこの議論さえも全く取り上げない。

既存メディアは「怪我を押しての出場、殊勲=美談」という昔ながらの図式に沿って、そのまま記事を書いている。おそらく記者やデスクにも疑問を感じている人はいるかもしれないが、異論を唱えて議論を巻き起こすことはしない。
高野連も公認している「怪我を押しての出場=美談」を踏襲することで、無難な記事を書こうとしている。
「自分の意見を言わない」のは日本の新聞の基本スタンスだ。自殺行為だと思うが。

この図式が崩れるのは、ネットなどの個人的意見が大きな塊になるか、怪我を押して出場した選手が半身不随になるなどの大きなアクシデントが起こるときだろう。

高校生が、骨折が完治していないのに試合に出場することは、どう考えてもおかしいし、それを許す指導者も人格を疑われても仕方がない。
しかしこうした「蛮行」ははるか昔から行われてきたし、メディアはそれをずっと「美談」にしてきた。今更、違う論調には切り替えられない。

新聞社はそう思っているのだろう。

時代は変化している。人々の価値観も大きく変わっている。そのことを伝えるのもメディアの役割だと思うのだが。

昨日も一般紙の記者がいたが、本当にありきたりの質問しなかった。私が突っ込んだことを言ってもかけないからだろう。

残念なことに、今の既存メディアは事件に対して「起こったことをそのまま伝える」「伝えるべきことを伝える」よりも、「どこからも突っ込まれないように記事を書く」ことを大事にしているようだ。
その臆病な姿勢が、紙面にも表れて、市民、読者の信頼を失いつつある。記者の意欲もそいでいると思う。

新聞社は人々の信頼を完全に失う前に、ジャーナリズムとは何のために存在するのかを、真剣に考えるべきだろう。



2004年岩瀬仁紀、全登板成績


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