私が初めて西武ドームに行ったのは1980年のことだった。関西から本当に遠いと思ったが、青いユニフォームの野村克也を見に行った。
大阪球場や甲子園などとも異なり、建物を登って球場に入るのではなく、なだらかな稜線を伝え歩いてグランドに入る。入場口を入るとすぐにグランドが見えてくる。これまでの球場とは全く異なるたたずまいに驚いたものだ。まだ屋根はなかったが、建造されて2年目の西武球場は何もかもが新しく、西武という球団の斬新さ、ユニークさを象徴しているように思えた。

その試合で野村がどうだったかはあまり覚えていないが、それからも何度か訪れた。しかし、ライオンズカップから数えて4日連続での球場日参は初めてのこと。

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しみじみ感じたのは、球団のマーケティングの進化だ。
ライオンズの顧客サービスは最初からあか抜けていた。37年前の西武球場でも、整然とした応援がなされていた。臓腑をえぐるようなヤジも聞こえなかった。
大阪球場では、通路を子供が走り回り、デパートのカブトムシよろしくネットによじ登る子までいたが、こちらでは引率の大人の言うことをきいて、行儀良く座って観戦していた。大阪の子はあほばっかりだが、こちらの子はお勉強ができるだろうとも思ったほどだ。

しかし、現在の西武ドームの観客は当時の西武とも全く違う。西武線の電車に乗れば、例の赤ユニフォームを着たファンが、リュックに旗を突き刺して大挙して乗り込んでくる。球場に着けば喜々として旗を振る。

人工芝が張られた外野席には熱心な応援団がいて、西武の試合中ずっと立ちっぱなしで声援を送る。芝生にシートを敷いて食べ物を並べる。赤ん坊を寝かして応援する親もいる。

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場内を歩いて感じたのは、導線がわかりやすいことと、移動がしやすいことだ。通路の幅は京セラドームや甲子園などよりはるかに広い。観客席のけいしゃはなだらかで、どこからでもグランドが見やすい。バックネットや両翼のネットは低くて、視界を遮るものが少ない。
このあたり、10年もあとに造られた京セラドームよりもはるかによくできている。

豪華なクッションのボックスシートにゆったり座って観戦するお客から、外野席のお客までがみんな本当に野球応援を楽しんでいるのがわかる。

相手の楽天も大応援団がいた。外野席には西武同様、味方の攻撃中はずっと立ちっぱなしで応援するファンがいた。

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西武は1980年代から90年代にかけて、黄金時代を築いたが、それはチーム力だけでなく、球場など環境面でも時代をリードしていたことがわかる。

ただ、岡のくぼみに造られた球場には湿気がたまりやすい。この4日間はほとんど雨だったので、重く湿った空気が体にまとわりついた。西武ドーム名物の大きなファンが、空気をかき混ぜて湿気を逃がしていたが、そういう部分はややマイナス要素ではあろう。

ファンの応援スタイルも完全に定番化し、みんなが同じ動きをする。体を動かしながらも、好プレーが出ると拍手、声援がすぐに飛ぶ。

私はこの手の応援はどちらかと言えば嫌いだが、それでも観客が心底楽しんでいるのを見るのは、野球の将来のためにも喜ばしいと思った。

ヤフオクでも、マツダスタジアムでも甲子園でも、京セラドームでも、ナゴヤドームでも、ハマスタでも、神宮でも、東京ドームでも、ZOZOタウンでも、Koboパークでも、札幌ドームでも、同様の応援風景が見られるが、それは球場ごと、球団ごとに違う。文化が違うのだと思う。
西武ドームの応援文化は、どこか品があって、ゆとりも感じられた。本拠地球場が醸す雰囲気も影響しているのだろう。
私の知人にも西武ファンが何人かいるが、みんなが球場に行くのを本当に楽しみにしている理由が分かった気がした。

昨日の試合は、代打栗山巧の劇的な代打サヨナラホームランで幕を閉じた。試合後、球団職員の方に「もうちょっとでライオンズファンになりそうになりました」と軽口をたたいたが、半分本気でもあった。

これだけ大きなイベントを年間71試合も運営しているのである。大きな事業であることを実感する。

その事業運営者である埼玉西武ライオンズが「野球離れ」に危機感を抱き、行動を起こそうとしている。
このことの重みを感じる。長年かけて築いてきた顧客層を維持し、観戦文化を守るために、幼児に軟らかいボールでボール投げをさせようとしている。

巨木を育てるために、小さな苗木を育てるような取り組みだが、これは壮挙と言えるだろう。他球団もこうした取り組みを始めている。

野球の未来のために、その実際のありさまを、今後も丁寧に追いかけていこうと思った。


2004年岩瀬仁紀、全登板成績


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