昨日の「NEWS ZERO」は、斎藤佑樹にインタビューをしていた。甲子園の時期にはこういう報道が良くある。

「打たれないと思っていたところが簡単に打たれる。やっぱり甘い世界ではないと感じました」
「俺の居場所はここじゃないのかなって思う瞬間も何回かありました」
「引退とかクビとかというのはもちろん感じているというか頭の中にはある」


うーん、斎藤佑樹は、プロに行くべきでなかったのかどうか。

箸にも棒にも掛からぬ成績だったのなら、「行くべきではなかった」と断じることはできるが、彼は短期間ながら、そこそこやったのである。

キャリアSTATS

Y-Saito


1年目は6勝6敗、ERAは2.69。新人王は無理だが、大卒で将来を期待される投手の1年目は、こんなスタートが多かった。星野仙一5勝9敗ERA3.12、江川卓9勝10敗ERA2.80、小宮山悟6勝10敗、ERA3.27、河原純一8勝6敗ERA3.31、こういう投手は翌年以降二けた勝利の常連になって、主軸投手になっていくのだが、斎藤は1年目がキャリアハイだった。

2年目以降伸び悩み、右肩の故障もあって戦力とは見なされなくなる。

悩ましいのは、それでも「アイドル的人気」だけあったということだ。大昔の太田幸司は、高卒1年目で実力もないのにオールスターに選出されるなど人気が実態のはるか先を行くような選手だったが、キャリア後半には先発投手として信頼を得るようになった。その頃には人気は失せていた。

しかし斎藤は30歳を目前にした今でも「アイドル」なのだ。人気と実力のかい離は大きく、その分、彼はいろいろな意味で気になる存在、ネガティブヒーローだった。

斎藤は二軍の成績の方が一軍よりもかなり悪い。人が注目しない二軍ではあまりやる気が出ないのかもしれない。
「注目されて当然、優遇されて当然」という意識があるのかもしれない。早大OBのベーマガ池田社長に高級車をたかっていたことからも、そういう面が感じられる。

早大時代は巧みな投球術で勝ち星を挙げていた。軟投派投手として地道な進化を続けていれば、ロッテの大谷智久や中にの谷元圭介のように非力でも渋い働きをする中継ぎ投手として生きる道はあったと思う。
しかしそれは斎藤佑樹の考える理想像ではなかったのかもしれない。甲子園では田中将大のライバルと言われ、大学でも屈指の成績を上げた斎藤は「わき役」ではなく「主役」でないと我慢ができないのかもしれない。

率直に言って、もう斎藤佑樹には投手として期待をすることはできないように思う。実力もあることながら、心構えの面で難しそうだ。
まだ知名度はある。思い切った転身があってしかるべきではないか。



2004年岩瀬仁紀、全登板成績


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