朝日新聞
特別支援学校、熱中症で生徒重体 教員が10キロ走指示
これも、今の「部活」の決定的な欠陥をさらけ出している。
特別支援学校とは、なんらかの障害がある者などが「幼稚園、小学校、中学校、高等学校に準じた教育を受けること」と「学習上または生活上の困難を克服し自立が図られること」を目的とした学校だ。

意識不明になった生徒も何らかの障害があったと考えられる。

サンケイ新聞
顧問の男性教員は21日の部活で、この生徒を含む7人に校舎外周を1分25秒以内で走る課題を与え、1秒超えるごとに追加で1周するよう指示。2分8秒だった生徒は43周(約19.3キロ)のペナルティーが科せられた。

NHKによれば、男性教員は、生徒に意欲、向上心を持たせるためにペナルティを科したという。

この日は9キロ余り走ったが、体調不良で中断。23日の部活で、生徒から残りの距離を走ることを申し出たという。

両日とも顧問を務める別の男性教員(33)が伴走したが、23日の最後の約10分間は現場を離れていた。その間に、生徒は倒れたという。

校外外周は約450m、50m10秒のペースで1分30秒だから、1分25秒はかなりの速さだ。7人の生徒の力量がどれくらいだったのかはわからないが、個人差があるからクリアできない生徒がいても無理はない。

クリアできなかった生徒にオーバーした1秒ごとに1周のペナルティを与えたのはどういう教育的な目的があったのか?
「罰ゲーム」以外の意味はないのではないか。それだけ走ったからと言って、足が速くなるわけではない。
事前にそれを通告することで生徒に意欲を持たせることは可能だろうが、それ以上の意味はない。
その生徒は「がんばらなかった」から「罰を与えた」のだろう。

30度以上の気温の中で、体力があるとは思えない生徒を10キロ近くも走らせることには「教育的意味」は見出しがたい。

おそらくは1日目の時点で体力の消耗は見て取れただろうが、本人の申し出で翌日も走らせることになった。この時点でやめさせる判断があって然るべきだろう。

教師が伴走していたのは、それなりの配慮だと言えるが、ここからうかがえるのは、理不尽ともいえる「罰ゲーム」をクリアすることが、その生徒の意識に何らかのプラスの意識変革をもたらす、という教師側の期待感だろう。

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日本の「部活」は、生徒に限界を超えさせること、嫌なことを我慢してやらせること、で、達成感を与え、成長させることができるという「信仰」に支えられている。

野球部員が365日厳しい練習をするのも、先輩後輩の理不尽な関係に耐えるのも、それによって「成長できる」という「信仰」があるからだ。

しかしそれはスポーツ=遊びではない。
山伏が山野を駆け巡って鍛錬したり、僧侶が禅室にこもって座禅にはげんだりするような「修行」の類だ。

宗教家の「修行」は自ら「発心」をして主体的に厳しい環境に身をさらすが、生徒は部活に入れば強制的に「修行」をさせられる。

誠に理不尽だ。しかも過度に「我慢すること」「耐えること」を学ぶのは、主体性、創造性の芽をつぶす可能性もある。

私はこの特別支援学校の教師は「善意」でこのような指導をしたと思うが、こうした日本独特の頑迷で、非科学的な「部活」の指導法は全面的に見直されるべきと思う。

生徒が意識不明になったことで明るみに出た事件だが、こうした指導を根絶しない限り、日本のスポーツの健全な発展はないだろう。

生徒の意識の回復を切に願う。



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