2004年デビュー、ついこの間プロ入りした選手が、という感がある。21世紀デビューの選手では、阿部慎之助に次いで2人目。

早稲田から鳥谷が入った当時、阪神の1、2番はいろいろ変わったが、私は赤星憲広と藤本敦士がベストだと思った。
小兵だがこの上位は息が合っていて、なかなかいいと思ったが、2004年10月、当時の岡田彰布監督は、大学の後輩、鳥谷を遊撃のレギュラーに据え、藤本を二塁に回した。残念な気持ちがしたのを覚えている。(ご指摘があったので一部修正する)

それからはや14年である。キャリアSTATS

toritani-2000


当初は細身にもかかわらず大振りで三振が多かった。守備でも粗さが目立ち、藤本の後に二塁に入った平野恵一と比べると動きが鈍いと思えたが、次第に円熟味を増し、存在感を増していった。

鳥谷は"凄い選手"ではない。長打があるわけでもなく、足もやや速い程度。安打製造機というほど打つわけでもない。
しかし、好不調の波が少なく、故障が少なかった。遊撃の守備範囲も次第に広くなり、チームに欠かせない選手になっていった。

特筆すべきは選球眼だ。30歳を過ぎてから三振数を上回る四球を得るようになった。これは派手な話題にはならないが、チームの貢献度は高い。鳥谷という打者について一つだけ言うなら「選球眼」ということになろう。

2014年オフにはMLB挑戦を口にする。大学の動機、青木宣親を意識したのかもしれない。
しかし最もMLBには向かない選手ではあった。行っていれば田中賢介と同様の扱いを受けただろう。

以後も阪神でプレーしたが遊撃の守備の衰えが目立っていた。しかし2004年9月9日の対ヤクルト戦から続く連続試合出場のために、鳥谷はスタメンから外れることはなかった。

昨年には打撃成績も落ちて、危機的状況になったが、今季、三塁にコンバートされて息を吹き返した。

長打はめっきりなくなったが、安打を打つ技術は健在だ。藤田平の持つ阪神最多安打記録まであと64本。来年前半にも可能だろう。

名選手の晩節を汚れさせるだけの連続試合出場をさっさと断ち切って、普通の選手になって安打をさらに積み上げてほしい。

IMG_5941



夢の裏バットマンレース(後半戦)


私のサイトにお越しいただき、ありがとうございます。ぜひコメントもお寄せください!

好評発売中!