タイブレーク導入決定に伴って、朝日新聞が高校野球の指導者に話を聞いている。
〈福岡大大濠・八木啓伸監督の話〉 タイブレーク導入が投手の負担軽減になるかどうかは、一概にはいえない。この二つをかみ合わせると、話がごちゃごちゃになる。逆に投手は精神的に負担がかかるのではないか。

〈渡辺元智・前横浜監督〉 昔の人間なので、寂しい気もする。現代社会は忍耐を学ぶ機会が減っており、スポーツ、とくに野球にはその場を残して欲しいという思いもある。

〈大阪桐蔭・西谷浩一監督〉 延長15回の試合が続いたことや、近年の暑さ、国際大会で導入されていることを考えれば、タイブレークは避けて通れないのかなと思う。

〈早稲田実・和泉実監督〉 再試合がなくなれば予定通り試合を消化でき、休養日も雨などでずれなければ投手の負担が軽くなるメリットはある。


現役の監督は、すでにタイブレークや延長戦を経験しているから、現実的な感想を述べている。
ここで問題にしたいのは、渡辺元智・前横浜監督の言葉だ。
渡辺元監督は、タイブレークの導入は、忍耐を学ぶ機会を奪うと言っている。延長15回を投げたり、引き分け再試合で連投するのは「忍耐を学ぶ」機会だということになろうか。

こうした考えの根底には、「昔の高校球児はもっと頑張った、根性があった。昔は炎天下でも頑張ったし、連投もいとわなかった。今の子はひ弱だ。過保護のせいだ」という意識があると思われる。

これは、間違いだ。野球のレベルはいろんな部分でアップしているし、トップ選手の体力は落ちているとは思えない。
渡辺元監督をはじめとする昔の指導者は、勘違いをしている。

昔も過酷な練習で脱落する選手はたくさんいた。100人入った野球部員が最後は数人に減ることも珍しくなかった。中には故障をして消えていった選手もたくさんいた。甲子園で活躍したのは、その練習で生き残り、幸いにも怪我をしなかった選手たちだ。あとはみんな消えていったのだ。
昔の指導者はそういう選手を大量に出しても責任を問われなかった。「怪我をするやつが悪い」「根性がない」と言い捨てることが許されたのだ。そしてチャンスを与えず飼い殺しした球児にも「人間修養ができた」と気休めを言えばそれで済んだのだ。
昔の選手が全員、辛抱ができて、根性があったわけではなく多くの球児を競争させて、たまたま生き残った選手が、活躍しただけだ。
「一将功なりて万骨枯る」というが、昔は「万骨」を野ざらしにしてもとがめられることはなかったのだ。

プロでも400勝投手の金田正一が「今の投手は体力も根性もない、昔のわしらは違った」と言っているが、無茶な起用をされてもたまたま怪我をせず故障をしなかった選手が、威張っているだけで、その背景には短期間の活躍で消えていった多くの選手が死屍累々と横たわっているのだ。

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普通に考えれば、こうしたことが学校で行われているのは異様なことだ。「教育」の名のもとに過酷なしごきが行われ、多くの子供が部活の機会を奪われる。

指導者は「成功者」しか見ていないから、高校野球は「忍耐を学ぶ機会」だと言っているが、その機会は全員に与えられたわけでなく、多くはふるいにかけられ、捨てられたのだ。昭和という時代は、それが許される時代だったのだ。

今はそうではない。高校生が不当な指導を受けたり、暴力やパワハラにさらされたりすれば、それは人権問題になる。「部活」が本来の目的を逸脱し、教師や生徒に大きな負担になれば、見直しの声が上がる。良い時代だと思う。

21世紀の今の時代の規範にかんがみて、昔の甲子園が異常だと思うなら、それは革められるべきなのだ。
タイブレークは好いルールだとは全く思わないが、プレイヤーズファーストの一環であるならば、それを前向きにとらえるべきなのだ。


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