小柄、ノンブランド、育成上がりという巨人では絶望的なキャリアの持ち主ながら、よく頑張って実績を残した。
山梨学院大附属高、専修大から2006年育成3位で巨人に。
キャリアSTATS、イースタンリーグもつける。
同期には坂本勇人、金刃憲人、寺内崇幸、隠善智也らがいた。最近の巨人では大豊作の年と言えるだろう。
小柄で全く目立たなかったが、新人の春季キャンプで頭角を現し、支配下選手に。育成選手だった時期は入団から1月足らずだった。1年目は一軍出場はなかったが、二軍で好成績を上げ、28008年5月に一軍初昇格。その試合だ自打球を足に当てて骨折、すぐに二軍に戻るが、腐らず好成績を上げる。
2009年は開幕一軍。当初は代打、代走、守備固めが多かったが、鈴木尚広に競り勝って4月後半からスタメンの座を獲得。規定打席にわずかに足りなかったが新人王を獲得。
翌年も開幕から好打を連発し、オールスターにも選出されたが故障で戦線離脱。
以後は次第に出場試合数が減り、二軍の選手へと逆戻りした。
二軍成績を見る限り、力は衰えていないと思うが、重信慎之介という同型の選手の登場もあって、引退することになったのだろう。
1449打席に立って一軍では本塁打0、二軍では2本。
そういや、藤村大介も一度盗塁王を捕ったが鳴かず飛ばず。巨人にはこういう選手、多い。
9月17日に見た二軍戦では代走で出場し打席にも立っていた。アフィリエイトの写真で見るように一時期、天秤打法だったが今はそうでもない。きびきびした動きは若いころと変わらないと思ったが。
ルーキー最多安打レース
私のサイトにお越しいただき、ありがとうございます。ぜひコメントもお寄せください!
↓
好評発売中!
キャリアSTATS、イースタンリーグもつける。
同期には坂本勇人、金刃憲人、寺内崇幸、隠善智也らがいた。最近の巨人では大豊作の年と言えるだろう。
小柄で全く目立たなかったが、新人の春季キャンプで頭角を現し、支配下選手に。育成選手だった時期は入団から1月足らずだった。1年目は一軍出場はなかったが、二軍で好成績を上げ、28008年5月に一軍初昇格。その試合だ自打球を足に当てて骨折、すぐに二軍に戻るが、腐らず好成績を上げる。
2009年は開幕一軍。当初は代打、代走、守備固めが多かったが、鈴木尚広に競り勝って4月後半からスタメンの座を獲得。規定打席にわずかに足りなかったが新人王を獲得。
翌年も開幕から好打を連発し、オールスターにも選出されたが故障で戦線離脱。
以後は次第に出場試合数が減り、二軍の選手へと逆戻りした。
二軍成績を見る限り、力は衰えていないと思うが、重信慎之介という同型の選手の登場もあって、引退することになったのだろう。
1449打席に立って一軍では本塁打0、二軍では2本。
そういや、藤村大介も一度盗塁王を捕ったが鳴かず飛ばず。巨人にはこういう選手、多い。
9月17日に見た二軍戦では代走で出場し打席にも立っていた。アフィリエイトの写真で見るように一時期、天秤打法だったが今はそうでもない。きびきびした動きは若いころと変わらないと思ったが。
ルーキー最多安打レース
私のサイトにお越しいただき、ありがとうございます。ぜひコメントもお寄せください!
↓
好評発売中!
こんな素材が育成まで残っていたというのも不思議だった。
しかしながら、ジャイアンツでは同い年に守って走れて打力で上回る長野久義が入ってきて、しかも若手には橋本到・立岡宗一郎・重信慎之介という同タイプの左打ちが続々入ってきて、スペシャリティーの優位性を活かせなかった、少々不運だったともいえよう。
しかも、守備走塁が衰える前の30歳前後では、鈴木尚広が走塁のスペシャリストとして君臨、結局どの分野でも二番煎じになってしまう人材という悲しい現実を見せられた。
原辰徳の時代であれば、守備固めか代走でスペシャリストとして活かすこともできたかもしれないが、鈴木尚広ですらも活かせなかった高橋由伸の下では、もう可能性は薄くなってしまうと悟ったのか。
小柄で細身でも一時期プロ野球のレギュラーを確保したというのは、それだけでも大きな実績だから、ぜひどこかで指導者になって活躍して欲しい。