昨日、グリエルの愚行についてブログを書いたが、「キューバの田舎者」という表現にひっかかるというコメントがいくつかきた。「東洋経済ON LINE」にまで書き込む人がいた。お断りしておくが、この表現を改める気は全くない。
グリエルが、日本人投手ダルビッシュから本塁打を打って、ベンチに戻って両手で顔を引っ張って「細目」にしてみせたのは、「アジア人」への蔑意以外の何物でもない。明確な悪意があったの行動だと言えるだろう。

しかし、グリエルは「人種差別」を意図してそうしたわけではない。彼はベンチの僚友への受けを狙って「冗談」でそうしたのであり、それ以上の深い意図はなかった。

グリエルは、今出場している試合がワールドシリーズであり、アメリカ国内は愚か、世界中に放映されていることへの認識が乏しかった。そして「人種差別」のサインと受け取られかねない行為が、たとえ一瞬であっても、些細な動きであっても、アメリカ社会ではNGであるという認識もなかった。

自分がメジャーリーガーであり、メジャーリーガーには、社会的責任があり、人並み以上の倫理観や良識が求められることを自覚していないから、無意識のうちにこういう行動をしてしまったのだ。

彼はキューバから日本を経由してアメリカに来て3年が経つ。3年という歳月は、違う社会のマナーや価値観、倫理観を学ぶには十分な時間だと思うが、彼は、それをせず、昔所属していたコミュニティの価値観のままにふるまったのだ。

ffe7a2de445012acfd72f8b8368024aa_m


私はそれを「田舎者」といった。環境が変わったことに無自覚で、かつて所属していた共同体と同じふるまいをして、周囲と軋轢を起こす。その鈍感な態度を「田舎者」と言ったわけだ。
「郷に入らば郷に従え」という世界中で通用する教訓を彼は知らなかった。

NPBからMLBに渡った選手の中にも実力以外の要因によってMLBから干されたと思しき選手もいる。異文化に順応するためには、それなりの「学び」も「気配り」も必要だが、それをせず、日本にいるときのままふるまって、失敗した選手は、「日本の田舎者」と言えるだろう。

「田舎者」には、「地方出身者」という一般的な意味合いがある。
私のこの言葉を非難する人は「地方出身者がこれを読めば、どう思うか」と言いたいのだろうが、前後の文脈からしても、そう読み違う人はいないと思う。私が地方出身者を馬鹿にする意図がないのは、明らかだ。
「キューバの田舎者には国際的な常識がない」など、文意を理解しているとは思えないコメントもあったが、国際常識がないから「田舎者」なのであって、国籍は関係ない。リテラシーが低い批判には辟易する。
そういう人を「馬鹿」と言ってしまっては「馬鹿な人がこれを読めば、どう思うか」という批判が来そうなのでやめておくが。

もちろん「Numeber Web」など他メディアに寄稿するときはこんな言葉は使わない。使っても編集者が削除するだろう。
そうした商業サイトには、これしきのニュアンスが理解できない人もやってくる。また、そのニュアンスを理解しながら、そうでないふりをして言いがかりをつける悪意ある読者もやってくる。無用のリスクを避けるために、そうした表現を避けるのは大人の判断だし、私もそれを全面的に支持する。

しかしプライベートのブログで、そこまで言語コードを厳しくする気持ちは全くない。異文化に順応できず、軽率で身勝手な行為をする人を「田舎者」とよぶ自由を私は今後も担保したい。
今後も思ったこと、感じたことを私の判断で書くので、よろしくお付き合い願いたい。

15e4a1d269b2d68786e18ce13ac3703f_m



2017年谷元圭介、全登板成績【期限ギリギリ、突然のトレード】

私のサイトにお越しいただき、ありがとうございます。ぜひコメントもお寄せください!

好評発売中!