川淵三郎さんがバスケットボール界の改革に着手したのは、78歳のときだった。次期コミッショナーと同じ年だ。しかしながら、状況は全く違う。
日本のスポーツ界は、ほっておくと、全部似たような状況に陥る。

指導者上がりの年長者が利権のアリ塚を作って、それを高くしてその中に住み着いてしまう。その競技に問題が起きようと、衰退しようと、アリ塚の主は全く動かない。そして、自分の部下に利権を引き継ぎ、自分たち一派の繁栄だけを考える。

こういう組織には必ず改革者が現れるが、記録権益者は、これを徹底的に排除する。そこには正義もないし、コンプライアンスさえない。こうして組織は分裂する。

日本のスポーツ界が、民主主義とは別世界の、硬直化した体制(現役時代の成果主義で選別されたOBが、年功序列で並んでいる)だったことが、利権のアリ塚を作った。既得権益者は、正義でも理非でも絶対に動かない。自らに利益がない限り、体制を変えようとはしない。まさに独裁だ。

IMG_9012


サッカー界もそうだったのだ。1980年代、サッカーは衰退し、野球は愚か、バレーボールにも後れを取っていた。しかし日本リーグの既得権益者は動こうとはしなかった。川淵三郎さんは蛮勇をふるって改革した。既得権益者を追放し、全く新しい体制にしたのだ。東京五輪の日本代表選手であるとともに、古河電工グループの取締役だった川淵さんには実力があった。さらに言えば、長沼健という実力者がバックにいて、古河電工、日産自動車などもそれを支援していたのだ。だから、サッカー界は変わることができた。

バスケットも、2つのリーグができて五輪代表チームも編成できないような状況になっていた。バスケ界からの要請で川淵さんがここに乗り込み、改革したわけだ。
簡単に言えば、大粛清をして、そこに川淵さんの腹心の人材を送り込んだわけだ。今回は、川淵三郎そのものが巨大な存在になっている。後ろ盾は必要なかった。そしてJリーグのノウハウもあった、川淵さんの信用でスポンサーも付く。
そういう形で、短期間に改革が進み、Bリーグができたのだ。川淵さんは実務家としてではなく、改革の象徴として君臨したのだ。

川淵さんがもし、NPBのコミッショナーになるとすれば、まず、野球協約の順守を迫るだろう。去年お目にかかったときも「野球協約には、コミッショナーが下す指令、裁定、裁決及び制裁は、最終決定であって、この組織に属するすべての団体及び関係する個人は、これに従う、と書いてある。最高権力者じゃないか、なのに、そうなっていない」と指摘していた。
コミッショナーの権限を本来のものにするとともに、オーナー会議や実行委員会などの会議体を見直し、コミッショナー傘下に再結集させるだろう。
さらには、プロ、アマを含めた日本の野球界の再編成に、大鉈を振るうだろう。

80歳の川淵さんは、細かなことはする必要がない。有能な実務家を連れてくるだろうから、その重しになってにらみを利かせるだけだ。

しかし、それは12球団の経営者にとって悪夢だろう。自分たちの利権が損なわれ、いいようにされるのだから。高校野球などアマ球界のトップにとっても、最悪だ。

だから、そういう事態は今はおこらない。本当に野球界がダメにならないと、改革の機運はできない。
その時には、野球界は回復不可能になっているし、川淵さんはもういないかもしれない。そういうことなのだ。

一点、可能性があるとすれば、ある人物が川淵さんを招じ入れる可能性があると思う。
渡邉恒雄だ。二人は不倶戴天の敵だったが、今は肝胆相照らす中だという。齢90歳を超え、最後の栄誉を求める気持ちだけで生きているナベツネが、正力松太郎にならぶ「野球界中興の祖」という名前を欲して、改革を川淵さんに託す可能性はあるのではないか。
もちろん、周囲が焚きつけて調子にのせなければならないが
「あれは、おれが川淵に言いつけてやらせたんだ」ということができれば、この自他共に許す独裁者は動くかもしれない。

ま、これも夢物語ですが。

syometsu-02



2017年菅野智之、全登板成績【初の最多勝と合わせて二冠&沢村賞獲得】

私のサイトにお越しいただき、ありがとうございます。ぜひコメントもお寄せください!

好評発売中!